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台北の夜は

台北メトロに乗って、松山空港を越えたあたりの駅で彼と待ち合わせをしていた夜8時。LINEの通知がひっきりなしになり続いているのを確認すると、彼は約束に1時間ほど遅れてくるということだった。「ありえない」と思いながらしばらく文面を見つめていたけれど、そんなところで怒っても仕方がない。それよりも1時間何をして過ごすかの方が私にとっては重要事項だ。久しぶりに歩く夜の台北は、バイクの騒音とネオンに照らされて輝いている。そんな景色を横目に見ながら私はただひたすらと歩き続ける。

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私が台北に戻ってきたのは先週土曜日のこと。セントレアの保安検査場前で家族とお別れするのはもう慣れてきたはずなのに、税関を抜けて1人で飛行機を見ながら待っていると、ふと涙が出そうになった。久しぶりに乗る昼間の飛行機、機内から見た景色は息を呑むほど美しい。伊勢湾上空を通過してしばらくすると、次に目が覚めたときにはもう桃園国際空港の滑走路に着陸していた。窓から空を見上げると、いつも通りの曇り天気。台湾に着いた実感がする。

超過した合計38キロの荷物を1人で抱えながら税関を抜けて、台北駅行きの高速バスに乗り込むと、急に胸の鼓動が高まってきたのが分かった。この後久々に彼と会う約束をしているからだろうか、それとも台北の景色に改めて見惚れてしまったからだろうか。途中駅に停車しながらゆっくりと進むバスは、夜6時半ごろ台北駅に到着。再び重すぎる荷物を抱えながら、駅中の大広場で彼のことを待つ。

春節直前というだけあって、スーツケースを持った人たちで駅は賑わっている。しばらくすると、背後から声をかけられて振り返ると、少し痩せ細った彼の姿があった。毎日のようにビデオ電話をしていたのにも関わらず、久しぶりに顔を合わせるとどこかぎこちなくて、なぜか隣を歩くことや手を握ることに少し躊躇ってしまう。しかし、まるでその日知り合ったばかりかと思わせるような距離感も、牛肉麵を食べて映画を観ているうちにすっかり今まで通りの感覚に戻っていた。台北メトロに揺られながら終点駅まで辿り着いたころにはもう真夜中の0時半。2人で並んで帰路につく。そんな当たり前のことを当たり前に嬉しいと思えることにつくづく幸せを感じる。

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ここで見知らぬ人たちに自分のプライベートすぎる部分まで話すことに今まで抵抗があったが、そんな感情を忘れて文章として今を残したいと思えるのはどうしてだろう。台湾人らしく直線に剃り上げられた襟足や大きなクッキリ二重。そして熱帯気候の南部出身らしい暖かさ。国際恋愛は、文化の違いや価値観、そしてコミュニケーションまでたくさんの壁がある。だからこそ、お互いを尊重し合うことが何よりも大切なのだ。それは彼に対してだけではなく、いつも周りにいてくれる多国籍な友達たちへも。愛に必要なものは、言葉以上に相手思いやる気持ちにあるのかもしれない。見知らぬ台湾という地で知り合った彼は、もはや家族でもあり親友のような存在でもある。そんな台湾に帰る場所(拠り所)ができたことが、私にとって何よりも心の支えだ。

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そんなことを考えながらぼちぼち歩いていると、夜まで営業しているカフェに行き着いた。そういえば台湾に来てからまだ美味しいコーヒーに出会った記憶がない。とりあえずブレンドコーヒーとケーキを注文して、外にあるテラス席に腰掛けていると、なんだか色んな感情が巡ってきた。20歳、台湾で大学生。来学期は一体どんな試練が待ち受けているのだろうか。すると突然LINEの通知音が鳴った。どうやらようやく用事が終わって、待ち合わせ場所に向かっているらしい。私は勢いよくコーヒーを飲み干して店を出た。雨粒に反射するネオンサインの先に彼が見える。私は足を急がせる。そんな台北の夜は今日も美しい。

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