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現代小説訳「今昔物語」【当意即妙の詠歌&桜島の名の由来となる人物】巻二十四第五十五 大隅の郡司和歌を詠んで許さるること 現代小説訳 24-55


 今も昔も、職務怠慢は厳しく罰せられるものでございます。が、その叱責の場において当意即妙に応えることで上司の心もすいっと変わることもございましょう。

 忠信は自分の頭を軽くたたいた。困ったときの癖である。目の前には地方郡司である老人がもじもじと座っている。大隅守である忠信を前にして、背筋を伸ばすとか、座を正すとか、そういったそぶりがまったくない。おどおどと落ち着きがなく、やたら汗をかいている。忠信は確認のために問うた。
「つまりは、年貢は集めているが自分で着服している分もあると、そういうことか?」
すると、郡司は早口で答えた。
「おいも年をとっちょっで、そげんぎょうさんはいらんじゃっどん、ほんのすこいばっかい取っちょいたもんで」
「年をとってるからたくさんはいらないが、ほんの少しばかり取っておいた、とこう申しております」
 忠信の横で、地元のものが同時にささやくから何とかわかるが、未だに大隅の言葉には慣れない。それにしても、罪科の数々を何度問いただしても、ただ老いを言い訳に返答するばかりで埒が明かない。老人の横では懲罰用の鞭である「しもと」をもった男と、鞭を打つ間に頭と尻を押さえつける役の男が待機している。しもとをもった男は先程から鞭を自分の手のひらに打ち付けている。その音がぴしりと短く響くたびに、白髪の老人は身を縮こまらせている。
 忠信はまた頭をたたいた。このような怠慢があったときには例外なく罰を行ってきた。しかも、この男が年貢をちょろまかしたのは初めてではないらしい。ここで鞭打たなければ示しがつかない。しかし、鞭打つにはあまりに御老体であり、忠信は刑を下すのをためらっていた。
−−−なにかうまい理由をつけてこの老人を許せないものか。
 いろいろ考えてみたが、いい理由が思いつかない。そのとき、ふと聞いていた。
「お主、和歌は詠めるか?」
 居心地が悪そうに揺れていた体がぴたりと止まり、老人は正面から忠信を見た。
「てしたもんじゃらせん、じゃどん、詠んもす(大したものではございませんが、詠みまする)」
 先程までの老人の声ではない淀みない声が、意味を伴ってはっきりと聞こえた。しもとを打つ男の手も止まる。
「では、詠め」
 老人は居住まいを正し、背筋を伸ばした。しばらく目を閉じていたが、まもなく声をわななかせて、

 年をへて頭に雪は積もれどもしもとみるこそ身は冷えにけれ
(年老いて頭は雪のように真っ白になりましたが霜と(しもと=笞・ムチ)だと見ると、恐ろしさに体が冷えてしまいます。)

と詠んだ。忠信は老人を許した。

原文はこちら

原文に忠実な現代語訳はこちら

ちょこと後付

落書で左遷させられた男 桜島忠信

 和歌を当意即妙で詠む老人を許すなんて、桜島忠信はなかなか味のある人物です。経歴もおもしろく、落書がきっかけで大隅守に任じられています。

 忠信は四年に渡って大学寮附属施設で年労を重ねながらも出世できませんでした。それなのに、大学寮に属してもいない人が金の力で任官していきます。そして自己の不運を嘆いて売官の横行を風刺した「落書」を書きます。

桜島忠信落書の一部 ※全文は後に掲載してます。
今春詔勅多哀楽 今春の詔勅は哀楽多く
半盡開眉半叩頭 半は盡く眉を開き、半は頭を叩く。
官爵専非功課賞 官爵専ら功課の賞に非ず、
公私寄致贖労求 公私寄せて贖労の求を致す。
(中略)
右大閤賢帰衆望 右大閤の賢は衆望に帰し、
左丞相佞損皇猷 左丞相の佞は皇猷を損なふ。
現代語訳(分かりやすいようにちょっと意訳してます)
今年の春の詔勅(天皇からの文書)は哀楽が多く、
半分は完全に安心するもので、半分は思わず頭を抱えるような内容である。
官位は仕事の出来具合によって判断されず、
人々は財物を納めて官位を得ようとし、立場が上の者はそれを求めている。
(中略)
大宰府に左遷させられた右大臣菅原道真の賢政は民衆に望まれ、
左大臣藤原時平※の威嚇は天皇の政(まつりごと)を損なっている。
※藤原時平は901年左大臣のとき右大臣菅原道真 を讒言 (ざんげん) により大宰府に左遷して朝廷の実権を握った人物。

 七言排律(一行七文字で一二行以上)の漢詩で、対句などの技巧も凝らした力作です。
 ちなみに落書とは政治風刺、政治批判、揶揄の目的で人々の目に触れる場に匿名掲示・配布される文書のことです。もちろん公には禁じられていますし、匿名で出さなければ出世に影響します。清廉潔白な忠信さんは、こういったところがあまり上手に立ち回れない人だったみたいですね。
 実際、この落書を端に、忠信は大隅守に任ぜられます(諸説あります)。大隅は鹿児島の西部。播磨守少掾から大隅守なので、官位からすれば抜擢です。しかし、菅原道真が太宰府に送られたことが左遷とみられる時代に、さらに南の地に送られています。体の良い左遷だったと考えるのが自然でしょう。
 官吏社会の凋落を風刺した落書により遠く南の地に送られ、地方の豪族の職務怠慢を取り締まりながら和歌をしたためる白髪の老人に情けをかける。ちょっと一杯、同席して飲んでみたくなる人物です。
 なお、この人物が大隅守に任ぜれたことが「桜島」の名前の由来であると言われています。(諸説あります。が、この人物ならいいや、というかこの人が由来であってほしいです)

桜島忠信落書全文

今春詔勅多哀楽 今春の詔勅は哀楽多く、
半盡開眉半叩頭 半は盡く眉を開き、半は頭を叩く。
官爵専非功課賞 官爵専ら功課の賞に非ず、
公私寄致贖労求 公私寄せて贖労の求を致す。
除書久待貢書致  除書の久しきは貢書の致るを待ち、
直物遅期献物収 直物の遅きは、献物の収まるを期せばなり。
右大閤賢帰衆望 右大閤の賢は衆望に帰し、
左丞相佞損皇猷 左丞相の佞は皇猷を損なふ。
初逢魚水恩波濁 初め魚の水に逢ひて恩波濁り、
共見駿河感涙流 共に駿河を見て感涙流る。
不動和風櫻獨冷 和風に動かずして、櫻は獨り冷え、
被霑暖露橘先抽 暖露に霑らされて、橘先づ抽づ。
内臣貪欲世間歎 内臣は貪欲にして世間は歎き、
外吏沈淪天下愁 外吏は沈淪して天下は愁ふ。
招集金銀千萬両 金銀千萬両を招び集へて、
沽亡山海十二州 山海十二州を沽り亡ふ

桜島忠信落書訳

今年の春のみことのりは哀楽が多く、
半分は安心し、半分は頭を抱えた。
官位は仕事の出来具合によって判断されず、
人々は財物を納めて官位を求めている。
官職の任命書の次は献上物の一覧書を待ち、
官職の補任が遅いのは、賄賂を期待するからである。
右大臣菅原道真の賢政は民衆に望まれ、
左大臣藤原時平の威嚇は天皇の政を損なっている。
君臣の深い交わりにより皇恩は長く続かないと、
橘氏と駿河国に任ぜられた時は、涙を流した。
春風は吹かず、桜島忠信は一人冷遇され、
賄賂でぬくぬくと、橘氏は抜擢される。
中央官吏は貪欲で世間を欺き、
地方官吏は落ちぶれて天下は嘆く。
お金ばかりを中央に集め、
日本全国を売り滅ぶ。
※ 分かりやすさを優先して推測される人名を補いながら意訳してます。人名は諸説あるようですが、代表的なもの、一般的に理解がしやすい有名なものを取り上げました。異論、諸説あればコメントください。

参考にしたサイトなど


宇治拾遺物語巻九第六 歌詠(よ)みて罪を許さるる事


桜島忠信の落書についてはこちらのブログを参考にしました


桜島忠信の落書考察

かごんま弁変換(けっこうおもしろい)