「Secrets of Sand Hill Road」を読んでみた - Part 2:起業家が知るべきVCからの資金調達
前回の記事「起業家が知るべきVCの内情と選び方」に続くSecrets of Sand Hill Road読んでみた第2弾。
<ざっくりまとめ>
● 調達額は株を放出しすぎるほど大きすぎても、事業の目標達成ができないほど小さすぎてもダメ
● 資本構成がおかしいと経営陣やそのラウンドの投資家は当然のことながら、従業員のモチベーションにもかかわり、次の投資家も出資を渋る
● 一般的(10-20%の希薄化+適正バリュエーション+プレーンなタームシート条項)ではない資金調達をするのは、起業家側にとって一度しか使えない「奥の手」、どこでそれを使うべきかは慎重に考えるべき
本書ではタームシートの条件の説明にかなり多くのページを割いていて、どこまで含めるべきか迷いました…。「優先株式」や「コンバーティブルデット」などの単語の意味を知りたい、体系的に学びたいという方は、すでに業界の先輩方が日本語で分かりやすく説明されてるので、以下のリソースを活用して基礎的な知識をつけるのが良いかと思います。
・Startup Innovators(さくっと概要をつかむ)
・起業のエクイティ・ファイナンス(詳細を学ぶ)
・AZX -- 優先株式/タームシート(参考となる雛形)
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どのような要素をピッチに含めればよい?
ピッチに含めるポイントとして以下の5つが挙げられていて、それぞれの内容をざっくり要約してみた。
① マーケットサイズ
② チーム
③ プロダクト
④ Go-to-marketのストラテジー
⑤ 次のラウンドまでに到達するマイルストーン
① マーケットサイズ
マーケットについては主に2種類の見せ方がある。
1つ目は既に存在している巨大市場を攻めるパターン。この場合、起業家として説明すべきは市場のマクロトレンドと、そのトレンドに伴ってどのようなチャンスが自分にあるのかという点だ。本の中では例として、オンプレミスをSaaSが置き換える流れの中で社内で使用するアプリケーションの数が増えており、そのアプリのアクセス・セキュリティ管理の需要が生まれてくることを予期したOktaの事例が触れられている。[P129]
2つ目はまだ存在していないが、潜在的な需要の市場を創出するパターン。既存のサービスが埋め切れていないニーズの大きさをどれだけ説得力を持って説明できるかが重要になる。Lyftが最たる例として挙げられている。経営チームは、タクシーの供給量や安全性、呼び止めることの不便さなどがユーザーにとってタクシーを利用する際の足枷となっており、スマホが存在する世界でオンデマンドタクシー、またはカーシェアリングの市場は大きいはずだとことをa16zに納得させた。[P126-127]
② チーム
市場機会が大きいことを示せたなら、VCからの次の質問は"Why you?"だ。いわゆる「ファウンダーマーケットフィット」、つまりこのマーケットなら、何社もある競合の中で自分たちがベストなチームであることを説得する必要がある。
結局アイデア自体はそこまでの価値はなく、エグゼキューションが勝者と敗者を分ける。
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心地悪いかもしれないが、ピッチではCEOとしてのあなたと他のチームメンバーについてかなりの時間を割く必要がある。特に、あなたの何がユニークで、マーケットの中で勝者となる資格を持ちうるのか?という点だ。
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これは自慢大会ではなく、VCにとってなぜあなたがその役割に適しているのかを理解する手助けである。過去の功績や経験を今の事業に結びつけるべきであり[...]失敗について話すのも恥ずかしがる必要はなく、そこから何を学んだかを話せばよい。VCはいつまでも学び続けるような人間が好きだ。[P130-131]
③ プロダクト
シード・アーリーステージの場合、ここでVCが期待しているのは完璧で完成されたプロダクトではない。知りたいのは起業家がどのような思考回路を持っているかだ。
実際のマーケットにプロダクトの試作品を投入してみた結果、計画がピボットする可能性があることをVCは理解している。しかし、あなたのマーケットニーズの評価プロセスがしっかりしていて、市場の変化にちゃんと対応していく力があることを確かめたいのだ。あなたの思考プロセスを一通り説明し、柔軟でありながら、強い信念を持っていることを示せ。[P134]
④ Go-to-marketストラテジー
Go-to-marketストラテジーとは、どのようなマーケ・営業によって顧客を獲得し、事業として獲得コストを抑えて利益を生み出せるモデルかどうかについてまとめたプランのこと。こちらも先述のプロダクトと同じように、投資家に自分の思考の深さを知ってもらうためと捉えることもできる。
アーリーステージでは多くの起業家がこのGTMストラテジーの部分をピッチに含めないというミスを犯す。このラウンドで意味のあるマーケット参入まで達成できる見込みは低いからだ。しかし長期的な事業展開の基礎となるので、まだ具体化されていなくてもこの点をピッチに入れることは重要だ。
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この事業のステージで緻密な財務モデルができている必要はないが、VCにあなたの顧客獲得方法の考え方について理解するための材料を与えなければならない。
[P135]
⑤ 次のラウンドまでに到達するマイルストーン
最後に今回のラウンドで調達する資金を何に使って、次回ラウンドまでに達成することを説明する。
あなたが設定したマイルストーンに到達するために十分な資金を調達しているか?そのマイルストーンは今回のラウンドよりも大幅に高いバリュエーションで次の新規投資家が出資をしたがるようなものか?「大幅に高い」というのは市況にもよる部分だが、一般的に直前のラウンドの2倍くらいのバリュエーションを狙いたい。
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もしマイルストーンをプレゼンした時に、VCまたはあなた自身がそれを達成できないリスクがあると感じたら、今回のラウンドで調達額を増やすか、現在のバリュエーションを下げるか、その信頼区間を広くするための他の方法を見つけることになる。[P138]
いくら調達すればよいのか?調達額についてそもそもVCに伝えるべきか?
答えはシンプルで、「次のラウンドでの調達を成功させるのに必要な目標・KPI達成のための必要な金額」を集めるべき。もし今シリーズAを調達しているのであれば、その時点で次のシリーズBの投資家にプレゼンするピッチの内容を考えて、逆算してそのマイルストーン達成のために使う時間・リソースを考えるべきということだ。
そうなると調達額は当然伝えるべきで、これだけ集めればここまでできるし、さらに出資額を+XX%増やしてくれるならここまでできる、と説明できるのが理想だ。すると最終的に、起業家側の持ち分を希薄化しすぎず、次のラウンドに行くのに必要な額はいくらなのかという議論に発展していくだろう。[インタビュー動画]
現在のラウンドの調達は、次のラウンドで事業の進捗を反映するバリュエーションでの調達を成功させるために必要なマイルストーンによって決定されるべきである。
バリュエーションが高すぎるとはどういうことか?適切なバリュエーションとは?
起業家にとって、一番高いバリュエーションをオファーされたVCから調達できれば希薄化を防げてハッピー!となる一見はずだが、必ずしもそれは常に正解ではない。
もしVCか企業自身が現ラウンドで過大評価してしまった場合、次のラウンドでバリュエーションが期待以上には上がらず、事業の成長に対する対価を得られないリスクが出てくる。結局一度(または何度か)はオーバーバリュエーションを許されても、バリュエーションはどこかで実際の事業の進捗を反映しなければならない。
私は起業家とこんな会話を幾度となくしてきた。「前回のファイナンスから事業の数字を2倍にしたのに、今回のラウンドで投資家から出されるバリュエーションが明らかに前回ラウンドの2倍以下なのはなぜ?!」
今回ラウンドのバリュエーションは、前回ラウンドのバリュエーションの関数ではない=従属しない。言い換えると、現在の調達環境の中で事業の現状を評価した場合にいくらなのかを反映するということだ。[P118]
一番やっていけないのは、調達額が少ない+アグレッシブなバリュエーションの組み合わせ。次回ラウンドを安全に調達するための事業目標を達成する資金リソースがない状態での高い値段が設定がされてしまう。[P119]
順調に段階を踏んでバリュエーションが上がっていくのを妨げない調達額・値段のバランスが大事ということ。
タームシートをもらったら、条件をどう考えるべき?残余財産分配優先権とは?
ここが一番投資家と起業家の情報の非対称性があり、起業家が損をしてしまうケースが多いと作者は言う。VCは何度もこのプロセスを踏んでいて、何百ものタームシートを交渉してきたからだ。そしてタームシートの内容が起業家と彼らの事業にとってどんな意味があるのかを理解してもらうのが、この本が書かれた大きな目的の一つでもある。
今回焦点を当てるのはLiquidation Preferenceについて。残余財産分配優先権(Liquidation Preference、以下優先分配権)は「清算時に普通株主に先立って、優先株主が当初投資金額の倍数(1倍や2倍)の分配を受ける権利」をいう。アメリカのベンチャー投資においては、アーリーステージの優先分配権のスタンダードは1x、日本でも近年は同じ水準になってきた。
1倍以上のLPはスタートアップにとって大きな障壁となりえる。なぜならM&A時の買収額がVCの投資額のX倍という額に高騰してしまうからだ。
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逆にレイターステージの企業に投資するVCの場合、1倍以上のLPを要求する場合がありえる。なぜなのか?もしVCがレイターで投資する際に、事業が成長してそのラウンドの数倍のバリュエーションがつく前にそのスタートアップが短期間で売却されてしまうと、その投資は十分なアップサイドが得られないのではないかという点を懸念するためだ。[P155-156]
上記に付け加えると、弊社STRIVEのようなアーリーステージVCにとっても1倍より大きい優先分配権を条件に付けるインセンティブはあまりない。一般的にタームシートの条件はラウンドを重ねるごとに条件が継続されるか、投資家有利な条件が加わるケースがほとんどである。そのため、初期に厳しい条件をつけるのはその後の調達を難しくする可能性があり、起業家だけでなくアーリーVCにとってもマイナスに働く。言い換えると、ストラクチャーをごちゃごちゃするより、プレーンにして長期的な価値創出が出る方がはるかにインパクトが大きいということだ。
タームシートを受け取ったら、こうしたAZX法律事務所が出している雛形と比べたり、弁護士の先生と話して一般的なものかを聞くのがよいだろう。
起業家、既存投資家の両方にとってタフなダウンラウンドの考え方とは?
VCファイナンスでのダウンラウンドとは「新しいラウンドでの一株あたりの価額が前のラウンドの時よりも低額で優先株式を発行する場面」のこと。起業家にとってはきつい状況であり、VCにとってもその企業の利益と、出資者であるLPの利益を考えなければならず、タフな交渉となる。
ダウンラウンドにもいくつかのパターンがある。新規投資家が、バリュエーションが前回ラウンドより低いという点以外は通常と変わらず、そのラウンドのリードをとる場合がある一方で、その会社の既存投資家がリードをとる場合もある。
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他にも、リキャピタライゼーションと呼ばれる措置がある(新規投資家も既存もどちらもリードをとりえる)。リキャピタライゼーションは以前の調達時よりもかなり低いバリュエーションを設定するだけでなく、優先株式を他のグレードの低い種類株式に転換したり、株式併合によって既存投資家の持ち分を減らすということまでする場合もある。[P231]
こうしたダウンラウンドの前に、起業家やボードは、既存投資家がコンバーティブル・ノートや前回ラウンドのエクステンション(追加調達)で出資するブリッジファイナンスの可能性を検討する。しかし、事業が当初想定していたように成長しなかったのには何かしらの原因があるはずで、資本構成を変えたり、事業構造を抜本的に見直すことにならないブリッジファイナンスは問題の本質的な解決に繋がらないと著者は言う。
市場が予想より立ち上がりが遅かったり、初期プロダクトの開発が間に合わずマーケットに出すのが遅れたり、セールスが期待通りに回らなかったり、経営チームの採用に時間がかかりすぎたのかもしれない。何が原因であろうと、「我々の現状は目の前の通りで、何かを変えないといけない」と現実と向き合うのが賢明だ。
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ダウンラウンドやリキャピタライゼーションによって、企業は事業をリセットして、成功に向かう新たなスタートを切れる。当然企業にとっても既存投資家にとっても痛みを伴うが、もし皆がミッションを信じるのであれば、それが成功への近道だ。
そうしない場合、企業は前進しても次回の調達でまた壁にぶち当たる可能性が高い。新規の投資家は優先分配とバリュエーションの額が事業の現状よりも過大になっていると感じるだろう。[P233]
既存投資家の優先分配の割合が高すぎると、新規投資家としては後から出資してもあまり大きなリターンは望めない。本来なら既存投資家はエグジットを考えると優先分配の割合を減らしたくないはずだが、それが新規投資家の出資の妨げになる場合もある。新規投資家との折衝が事業を成長させ、長期的なアップサイドを狙えるなら、短期的なマイナスの条件を飲むという決断をする。
基本的にダウンラウンドは経営状況が芳しくない場合に行われるため、新規投資家に入ってもらうのは難しく、既存投資家によって行われることが多い。また、先述のバリュエーションの高さの話にも通じる部分があるが、特にまだPMFが終わってないシード期は事業のピボットの可能性もあり、最初のラウンドでバリュエーションを高くしすぎると次回でのダウンラウンドのリスクが高くなりやすい点は留意すべきだろう。
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