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まちのなかに短歌を。

壱岐島の芦辺浦。大福丸書店さん。

大福丸書店さんは、3ヶ月間のACBlivingでのポップアップ営業で店主、森下さんのご縁から、石巻の口笛書店さんから歌人”近江舜”さんが来てくれた。

近江さん著書'飛び散れ、水たち’

特別ワークショップ
”短歌を読んで本をつくろう”が企画され、嬉々として参加した。

少し前から、短歌、もしくは俳句を読む場所がコミュニティの中に、まちの中に、あったらいいなぁ。
と思っていた。


すこしの自己表現する場所や機会があることは、顔と顔を突き合わせて生きていく小さなコミュニティの中で、
普段の会話には出せないけれど大切に思っていることや、かなしいなぁ、と思っていることなどを、共有し、より、平和で豊かな絆をゆっくりゆっくりと育んでくれるよう。
より豊かな人生にしてくれるような可能性を感じていたからだ。

近江さんから、簡単でわかりやすく、だれでも短歌に参加できますよー
というレクチャーと勇気をもらい、いざ読んでみた。


町に出て、心を留めたところで写真を撮り、一首読む。
その日は、コンクリートの歩道を太陽がジリジリとやく、とても暑い日だった。

みんな暑さに負けてポツポツとACB Livingに
戻ってくる。

みんなけっこうもりもり詠んでいて、時間を迎えてみんなの提出を受け取った近江さんが『みんなたくさん詠むな~』とちょっぴりびっくりしていた。

私が詠んだのは、五首。

◦あしべねこ、ボスねこくろねこ、まちあるく、どんなねこでも、面してもいい

◦みつばちの、すばこをみては、風の出る、羽ばたきを見て、ふしぎをみるよ

◦すずめたち、話し合うのは、明日のこと、明後日のこと、人間のこと


◦思い出が、ふりつもるので、まちのなか、たべてしまって、またもりつける

◦朝と夕 はざまの中にひらかれた はじまりのひと ねむりゆくひと


このまちで暮らしながら、誰に伝えるでもなく浮かんでくる心象のうちなる風景。
同じ風景を毎日見ながら、その風景はみんなみんなちがうものを描きだしている。
確かにある。気持ちたち。
感情的に吐き出すのではなく、短歌、というツールを使うと誰を傷つけるでもなく、外側に溶け出すような。自分と誰かの真ん中に、そっと置くことができたような。

近江さんは、短歌は、詠んだ瞬間に、みんなのものになるんですよ。とおっしゃっていた。

近江さんが壱岐での滞在中に詠んだ、短歌で、私もよくいく、イチノコーヒーさんの短歌がある

歌人近江さんのページ

◦入り口を開ければ風にコーヒーの香りがカーテンのようにふくらむ


イチノコーヒーさんを訪れるたびに感じていた、不思議な美しい感覚を、言葉にしてもらったようなハッとした体験。
なるほど短歌は、詠んだあとはみんなのものに。
やっぱりそんな力を持っている。


ちょっと前から”あわい”
という日本語が気になっている。

おのずからとみずから 自分自身と誰か

内側と外側 その真ん中に。

短歌をこの日詠んでみて、まちやコミュニティの中に短歌があったらいいなぁから、自分自身が一番、日常の会話の中でのせられない感情や言葉を多く持っているのだなぁということに正直おどろいた。

近江さんが、トミーさん、短歌向いていますよ。
と、言ってくれたので、調子に乗って短歌を読む機会を増やそうと思っている。笑

そして『短歌ください』がいま、流行っているみたいなので、そのうち気軽な、散歩のついでに詠めるような窓口をまちの中につくってみよう。

よかったらみなさん、お立ち寄りください。


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