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京都ストーリー『愛と公平の京旅行』…2

   《愛と公平の京旅行》…2


⑤*哲学の道


愛 「な~んかここロマンチックぅ。
   …哲学の道? 京都っていいとこ
    いっぱいあんのねー」
公平「ああ、ここは女の人が一人物思いに
   耽って歩いてる…なんてのが絵に
   なる場所だね」
愛 「………」
公平「…? どしたの? 急に黙っちゃって」
愛 「ふふ、あたし…絵になる?」
公平「…うん、どっちかっつーと…漫画」
愛 「んもォ! どーせあたしはギャグ
   キャラですよーだ! プリプリ!」
公平「(笑)ごめんごめん」
愛 「わー、水きれい!」
公平「この疎水に沿ってずーっと北へ行くと
   銀閣寺に出られるんだよ。
     春はね、〈花いかだ〉って言って、
   この川一面に桜の花びらが散って、
   すっごいキレイなんだって。
   俺はまだ見たことないけど」
愛 「わあー、見たいなァあたし。
   桜って…もうちょっと先かァ、
   惜しいなー」
公平「また来ればいいよ」
愛 「そだネ。また来よ。…一緒にね」
公平「え? …そうだね。また来よう」
愛 「やったァ! ねね、あれ、あそこ。
   何かのお店があるよ。何だろ、
   行ってみよ?」 
公平「クラフトショップだよ。
   この辺りは、手作りの竹細工とか
   皮小物やアクセサリーのお店やシャレた
   喫茶店がけっこうあるんだよ」


店員「おおきに、ありがとうございました」
愛 「あ、おおきに。えへっ、見て見て、
   いっぱい買っちゃった」
公平「ホントだ。
   すごいね。全部友達へのお土産?」
愛 「そ」
公平「カレシとか…?」
愛 「えっ? まーさか。
   そんなのいたらコーヘイと京都なんか
   来るわけないでしょ?」
公平「あ、ああ、そらそーだ…うん」
愛 「フフッ、もしかして…安心した?」
公平「まーさか」
愛 「じゃあ、心配?」
公平「ああ、心配だねー。キミの行く末、
   人生うまくやってけるのかとか…」  
愛 「それは大丈夫ですゥー」
公平「めちゃめちゃ心配ー」
愛 「大丈夫。…だって、公平いるもん」
公平「……え?」
愛 「GO! 金閣寺!」
公平「あっ、おい、金じゃなくって、銀! 
   銀閣寺だよ。…転ぶゾ!」


愛 「ねェ、大丈夫? 重くない?」
公平「大…丈夫だよ。ハハ、軽い軽い」
愛 「あたしもう平気。自分で歩く」
公平「いいっていいって。女の子をおんぶ
   するなんて…こんな経験滅多に出来
   ないんだから。ふぅ~、ビデオに
   撮っといて欲しいくらいだよ」
愛 「でも恥ずかしい。みんな見てるよー」
公平「気にすんなって。そんなアザ作っ
   ちゃって…。急に走るからだゾ」
愛 「だァってェ…。ごめんなさい」
公平「大通りに出たらタクシー拾って
   ホテルに戻ろう」
愛 「ウン。じゃあ大通りまで、駆け足!」
公平「オイッ!」


⑥*ホテル


公平「はい、もしもし…」

その夜、ホテルの部屋に、公平宛に電話が
かかって来た。彼は、何やら小声で二言三言
話すと…

公平「ロビーに知り合いが来てるんだ。
   ちょっと下へ行って来るよ。
   すぐ戻って来る」

…そう言って、そそくさと部屋を出て行った。
そして一時間が過ぎ、二時間が過ぎても彼は
戻って来なかった。

愛 「…つまーんないっ!!
   あ~あ、どこ行っちゃったんだろ、
   コーヘイのヤツ…。
   …知り合い、か。
   いるわよねそれくらい…トーゼン。
   (ため息)…決めた! もう寝よ!」


⑦*とあるバー


美也子「ほんまに久しぶりやね」
公平 「何年ぶりかなー」
美也子「もう…6、7年経つ?」
公平 「そんなにかァ、早いもんだね」
美也子「元気やった?」
公平 「ああ、キミは?」
美也子「あたしは相変わらずよ。朝から晩まで
    お料理作ってコーヒー淹れて…」
公平 「お店、うまくいってるんだ」
美也子「まァまァ、なんとかね」
公平 「相変わらず細い体にムチ打ってるん
    じゃない?」

美也子「あたしの体はそうやって働くように
    出来てるのよ。自分ではちっとも
    苦労してるやなんて思てへんのよ。
    心配ご無用」
公平 「…そっか。そうだね。
    キミはやっぱり強い人なんだよね。
    うん、安心した」
美也子「…心配してくれてたん?」
公平 「あ、いや、…たまに思い出すとね」
美也子「ありがとお。
    相変わらず優しいんやね」
公平 「子供たち、元気?」
美也子「もう中学一年と小学五年よ。
    生意気盛りで、親の言うことなんか
    ちっとも聞かへんわ」 
公平 「へーえ、もうそんなかァ。
    にしてはキミは少しも変わってない」
美也子「もう充分おばさんやわ。あ? 
    それともあれ? 
    昔からおばさんやったってこと?」
公平 「今もキレイだってこと。
    そんな大きな子どもが二人もいる
    ようにはとても見えないよ」
美也子「おおきに。あんたも変わってへんね。    
    こうしてても、
    まるであの頃のあんたといるみたい」
公平 「不思議だねー。俺もそう思う」
美也子「あ、そう言うたら、一人で京都に
    来てるの? 奥さん一緒ちゃうん?」
公平 「あ、うん、…一人。まだ独身だよ。    
    一緒に住んでた人はいたけど、
    別れたんだ」
美也子「…そうやったの。
    …まァ、人にはいろいろあるものね。
    フフッ、あたしほどいろいろあるのも
    珍しいかも知れへんけど(笑)。結婚も
    三回もしてるしね」
公平 「今の人とは、うまくいってるの?」
美也子「う~ん。夫婦仲…ゆう意味やったら
    ペケ」
公平 「え?」
美也子「あの人はあたしのスポンサーみたいな
    人やし…。三日と家に居れへんわ」
公平 「……?」
美也子「でもええのよ。
    生活費はちゃんと入れてくれはるし、
    家にいる時はホンマに優しいしてくれ
    はるし…。あたしには子供たちがいて、
    働けるお店さえあったら…。だって
    二つも生き甲斐があるんやもん。
    充分過ぎるわ」
公平 「…同じだね」
美也子「え?」
公平 「あの頃も、そう言ってた」
美也子「ああ、あの頃言うたら、…最初の
    人と別れて、上の子一人抱えて…」
公平 「小さくてもいいから食事とコーヒー
    の店を持ちたい…って、がんばっ
    てた」
美也子「ああ、懐かしいわァ。あんた、
    あたしの働いてるお店へ、よう来て
    くれたわねェ」   
公平 「と言うより、
    毎日のように入り浸ってた(笑)」
美也子「嬉しかったわァ、あの時」
公平 「え?」
美也子「あんたが上京するゆう時、嵐山の…、
    ホラ、通りからちょっと奥まった
    とこにあった喫茶店で…えーっと…」
二人同時に「ライブリー!」
美也子「すごい! よう覚えてたわねー」
公平 「キミこそ」
美也子「あそこで、あたしに告白してくれた
    こと…。こんな年上のおばさんによ。
    ホンマに嬉しかったわ。 
    あれからずーっと心の支えになって
    たんよ。こんなあたしでも、心底
    思てくれはる人がいる。大丈夫や。
    がんばって生きて行ける…って」
公平 「大げさだな」
美也子「ううん、そんなことない。
    ホントよ。ホントにそう思たんよ」
公平 「でもそれなら俺も同じことが言え
    るよ。一人で子育てしながら、夢に
    向かってがんばってるキミが、
    そんなキミの存在が、それからの
    俺のエネルギー源になってたんだ。
    キミががんばってるんだから、俺だ
    ってがんばれるってね」
美也子「ホンマ? 嬉しいわァ。ねぇえ、
    そしたらお互いのエネルギー源に
    カンパイしよ!」
公平 「いいね。じゃ、キミに」
美也子「…あなたに」
二人 「カンパイ!」

二人は心から再会を祝った。そして、お互い
の幸せを…。一見〈幸薄い人生〉に見えても、
本人にしてみれば必ずしも不幸とは限らない。
十人いれば十の幸福の形があるのだと、
公平は思った。


⑧*ホテル


公平がホテルへ戻って来たのは、
思ったよりも遅い時間になってしまった。
決してそうではないにせよ、
まるで浮気でもして来たかのような、
そんな罪悪感にも似た気分は否めなかった。    

公平「えっ、出かけた?」
フロント係「はい、えーと、一時間ほど前に
      ルームキイをお預かりいたしま
      した」
公平「どこへ行くとか、
   何か言ってませんでしたか?」
フロント係「はい、特に何も伺っており
      ませんが…」
公平「…そうですか。…ありがとう」
フロント係「いえ、どういたしまして」
公平「あの…もしかして、散歩か何かだろう
   から、ちょっとその辺見て来るんで、
   もし入れ違いで帰って来たら、そン時は
   部屋にいるように言ってくれますか?」
フロント係「はい、かしこまりました」


⑨*京都御所辺り


公平は焦っていた。彼女はこの辺りの地理は
何も知らない。知り合いもいないはずだ。
しかももう深夜。少なくとも一人で東京に
帰ってしまったとは思えなかったが…。
彼女をひとりぼっちにさせてしまったこと
への申し訳なさはあったものの、しかし彼の
焦りは、彼女の勝手な行動に対する腹立ちへ
と変わり始めていた。

公平「(ホントにどこ行ったんだ、
    愛のヤツ…)」

時々、通りを車が通過する。いつしか公平は、
二条城の大手門前に来ていた。小石を踏み歩く
公平の足音が、空しく響く。

公平「(ここにもいない…。
    ホテルへ戻ってみようか…)」

遠くから救急車のサイレンの音が近づき、
そして遠ざかる。

公平「(たのむ。帰っててくれ、愛)」


その時、少し離れたところで、
「チャポン」と、小さな水音がした。

公平「(…ん?)」

「もしかして…」と思う公平の歩みが速く
なった。もう一度「チャポン」という音が、
さっきよりも大きく聞こえた。

公平「…愛?」

一瞬の静寂の後…

愛 「…コーヘイ?」

公平「愛…」
愛 「コーヘイ!」

堀端にしゃがみ込んでいた愛が立ち上がり、
まっすぐに公平の胸に飛び込んで来た。
公平は彼女をしっかりと受け止めた。
だが、最初に口をついて出た言葉は…、

公平「バカ! 
   なんでこんな時間に一人で外へ出る
   んだよ! 心配したじゃないか!」
愛 「え?」
公平「もし何かあったらどうするんだよ!」
愛 「…そんな」
公平「さ、ホテルへ帰ろう」
愛 「……」
公平「さァ…、…どうしたの?」
愛 「あたし…いい」
公平「え? いいって何が?」
愛 「あたし東京へ帰る」
公平「と、東京帰るって…、突然何言い出す
   んだよ。ホテルに戻ってみたら勝手に
   いなくなってて…、
   こっちは一生懸命探し回ったんだから。
   やっと見つけたと思ったら、そんな、
   ワケわかんないことを…」
愛 「帰る!」
公平「おぉい、ちょっと待てよ」
愛 「あたし、何のために京都へ来たの?
   あたしは、コーヘイが誘ってくれて、
   嬉しくって、一緒に旅行したくって、
   コーヘイとなら、…コーヘイとなら
   いいと思って、それで来たのに…」
公平「だったら、…それは俺だって…」
愛 「心配してくれて、探してくれて、
   すごく嬉しかったのに…。
   でも何でそんなふうに言われなきゃ
   なんないの?
   心配したのは…、心配したのは…、
   あたしだってコーヘイのこと、
   心配したんだから!」
公平「……愛」
愛 「あたし、見ちゃったんだもん、
   ホテルのロビーで」
公平「…え?」
愛 「コーヘイが出かける時、
   ケータイ忘れてったから、
   あたしそれ持って追っかけてって、
   その時…、コーヘイ…、
   きれいな女の人と出て行ったの…」
公平「あ、あれは…」
愛 「いいの、誰でも! 
   京都はコーヘイが前に住んでた街だし、
   知り合いぐらいいるのわかってる。
   …前に付き合ってた人だって…
   いてもしょうがない。
   だけどあたしは、今はコーヘイのこと
   信じるよりしょうがないじゃない!」
公平「………」
愛 「だから待ってたの、コーヘイ帰って
   来るの、おとなしく。
   でもなんか、なんか淋しくて、
   散歩でもすればと思って…。
   そしたらよけいに淋しくなって…。
   だって、全然知らない街だし、暗いし、
   …京都って寒いし…」
公平「愛…、愛、ごめん。勝手なのは…、
   勝手なこと言ったのは、俺の方だ。
   ごめん。
   …キミがいなくて、俺、
   なんか頭ン中パニクっちゃって
   …ごめん、もう淋しい思い、
   絶対させないから」
愛 「…ホント? もう、あたしのこと、
   一人にしないって約束してくれる?」
公平「ああ」
愛 「あたし、…コーヘイと離れたくない」
公平「俺もだよ、愛。ずっと…これからずっと
   一緒に行こう」
愛 「…コォーヘイ。
   …うぇ~ん、ウレシイよォ~」
公平「あ、愛…(笑)子供みたいだゾ」
愛 「だァってェ~。嬉しいんだも~ん」
公平「でも、よかった。俺、このこと…
   言いたかったんだ、この旅行で…」
愛 「え? このことって?」
公平「うん。…出来たらずっと、ずっとキミと、
   一緒に生きて行きたい…ってこと」
愛 「ホントに?」
公平「ああ」
愛 「ホントにホント?」
公平「ホントにホント」
愛 「ホントにホントにホントに…」
公平「だから、しつこいィイ!」
愛 「エヘッ。
   ……信じていい? コーヘイのこと」
公平「ああ。俺も、愛のこと信じるから」


ホテルに戻り、二人はその後、激しく優しく
結ばれた。そして、穏やかな幸福感に包まれ
て眠った。


           … つづく



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