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古典『御伽百物語』最終話「五人の無法者」

 無法者たちの描写が妙に細かくリアルだと思いましたが、それもそのはずモデルがいたようです。当時の江戸の様子がうかがえる説話を最終話として「御伽百物語」現代語訳は終了です。みなさんの創作物の刺激になるような説話があったならばうれしい限りです。
 個人的には第5話「ポルターガイスト」に登場するしわがれ声の豆腐お化けを見てみたい(笑)。どうしてもかわいく思えてしまいそうですが、男たちを恐怖させた風貌とはいかなるものだったのか…。

 次回からはオリジナル長編小説を連載していきます。

主人公の庄九郎は、当時無法者集団で知られた「難波五人男」「伊達髪五人男」の一人、神鳴庄九郎という実在人物。五人は元禄十四年(一七〇一年)に捕らえられ、全員処刑された。この事件をいち早く取り上げ物語に組み込んだのがこの説話である 

(『御伽百物語』三弥井古典文庫より)


 摂州せっしゅう難波の白髪町しらがまち(大阪市西区北堀江)という港町に阿積桐石あづみとうせきという人がいた。むかしは儒医(儒学者でもあり医者でもある人)として世の尊敬を集め、一度は大名に召し抱えられたこともあり、富みも名誉も得て栄光に浴したのだが、ある事情により零落しこの地に引きこもった。
 今となっては世を渡る手段もなく、その日一日を生き長らえることすら難しかったので、露命をつなぐには、修得した儒学の教えを広めるしかないだろうと思った。

「最近は俗人が多く、鬼や霊の存在に拘泥し、いかがわしい神をまつり、儒教を軽んじ仏教の教えを信じる者が多くいる。まずこの者たちの目を覚まさせ、正しい道へと導くのが一番だろう」

 そして思案ののち、『無鬼論』という書物を執筆することにした。
 草稿半ばにして疲労を覚え集中力が途切れたので、しばらく机に寄りかかり休んでいると、夢かうつつか何者かが桐石の前に忽然こつぜんと現れ、桐石の肘をがっちりつかむと引き立てようとする。
 顔を起こし振り仰げば、なんとも恐ろしい鬼である。
 天井に届くほどに大きく、両の眼は姿見の鏡に紅の網を掛けたかのように血走り、銅のような角が何本も生え、髪とおぼしきものは銀の針のようで、牙が左右に生えた口は耳まで裂けている。
 キッと睨みつけられ、生きた心地もせずそのまま気を失いそうになった桐石に、鬼は言った。

「おまえは生半可に儒学の道に迷い、道理に背き、鬼は存在しないという誤った考えに陥り、後学の徒を欺き、世間を惑わし、自らをはずかしめているな。儒教の祖である孔子の言葉、『鬼神を敬してこれを遠ざく』(鬼や霊といった存在には敬いつつ近づくべきではない。「敬遠」の語の由来)を知らないのか。いかにおまえに知恵があろうとも孔子孟子に及びはしないだろうに。であるからしてわしがおまえを地獄の庭に連れていき、善悪応報のことわりを教えてやろう」

 鬼は桐石の腕をつかんだまま飛びあがり、雲に乗り風の流れに従い、四、五里(一里=約四キロメートル)ほども行ったかと思うころ、大きな門に着いた。その構えは大阪で見慣れた城のそれである。白鬼、赤鬼どもが鉄杖(鉄の棒)を持ち、刀剣を構え、大庭に並んでいる様子は大変恐ろしい。
 鬼は桐石を段の下に引き連れ、雷鳴のような声で言った。

「大日本難波の書生、桐石を召し捕ってまいりました」

 しばらくすると、頭には王の冠、手には象牙のしゃく(細長い板。儀礼の用具)、衣服は袞竜こんりょう御衣ぎょい(赤地に竜や太陽などの刺繍がある礼服。日本では天皇が着用した)の、威儀を正した人が静かに歩み出てきて玉座に座った。左右の護衛者、列をなす諸々の役人たちが厳かに腰を下ろすと、王はのたまわった。

「おまえは愚かで浅薄な知識を自慢し、無思慮にも『無鬼論』という邪説を広めようとしている。それゆえに今ここに呼びよせたのだ。その狭量で偏った心をうち砕いてつかわそう。その後はすみやかに戻り、『有鬼論』を著すがよい。この者をすぐに引き連れ、地獄のあることを知らしめよ」

 その言葉が終るか終わらぬうちに獄卒ごくそつ(地獄で亡者に責め苦を与える鬼)が桐石を引き立てた。

 連れられた先は、仁徳天皇の社(大阪市中央区の難波神社)に金銀をちりばめたような見事な建物で、宮中には五枚の鏡が花弁のようになった花の形の鏡があり、水晶でできた台に置かれていた。桐石が鏡を覗こうとすると、鬼は言った。

「生ある者は、身をわきまえこの鏡から離れるがよい。これこそは浄玻璃じょうはりといって、人間がその一生で犯した罪がことごとく映し出される鏡である。もし生者のおまえがこれに向かい罪が映し出されれば、二度と再び娑婆しゃば(現世)に帰ることはできないぞ」

 桐石が身震いして後ろに下がると、瘦せ衰えた糸のように細い手足、茶臼山ちゃうすやま(大阪市天王寺区にある丘。大坂冬の陣、夏の陣の舞台)を抱えたように膨らんだ腹の、男女の区別もつかない五人の者がよろめきながらやってきた。
 獄卒たちは情け容赦もなくこの者たちを鉄杖でさんざんに打ち付けながら鏡の前へと連れていくと、花びらの一枚ごとに五人それぞれの罪が現れた。

「あれは、最近難波で自らを男伊達おとこだて侠気きょうきを重んじ、男としての意地や面目を貫こうとする者)と称していた五人の無法者の亡魂ではないか」

 と桐石は不憫に思いながらも鏡に映る男の過去を見た。

 男伊達の首謀者は庄九郎といい、三番村(大阪市北区・淀川区あたりにあった村)の生まれである。あるとき彼の親が田畑に関することで庄屋ともめ、訴訟を起こすことにして訴状を懐にお役所に向かっていたところ、なにか悪いものでも当たったのか、しきりに腹が痛むので、曽根崎の天神(北区曽根崎の露天神社)の境内に入り、拝殿で休んでいた。いつしかまどろんでいると、夢か現か馬に乗った人々が何人も社に入ってきて、

「三番村の地の神よ、しばらくのあいだ雷車らいしゃ(雷を落とす車)をお借りするため、われら使いの者が参上つかまつった」

 すると社の内より衣冠いかん姿(男性が宮中で着用した装束)の者が四、五人、小さな車を押して出てき、それらを使いの者に引き渡した。
 と、そこで目が覚めた。

 庄九郎の親は急いで村に帰ると、自分の村、近辺の村に見たことを伝え、自分の畑も麦の収穫期だったので急いですべて刈り入れた。それから二、三日して雷光がひらめき雷鳴がとどろき、ものすごい豪雨となった。中津川(淀川の下流の一つ)などでは水が逆巻き溢れ出て、辺りの土地は水に浸かってしまった。

 庄九郎の親の言葉を信じて麦を早く刈り入れた者たちはご利益であったと思い、信じずに刈り入れなかった者たちは、かえってこのことを悪く言い、
「庄屋に恨みがあったから山伏やまぶし(加持祈祷きとうをする修験者)に頼んで祈らせたのだ」
 などと触れ回ったので、これに力を得た庄屋はかねてからの怨敵おんてきを訴え、それが認められて庄九郎親子は土地を没収された。親子は難波の町に移り住んだが、このことが元で親は病気になり、早くに死んでしまった。

 庄九郎は憎悪を膨らませ、報復しようと思い立つと、まずは同じような心の者たちを扇動して男伊達と称し、各々の腕に仲間を結びつける同じ言葉を彫った。その入れ墨いわく、

  生きて父母の勘当を恐れず 死して獄卒の責めを恐れず
  千の人を殺し 千の命を得る

 庄九郎は、明けても暮れても暴力に身を任せ、常に大脇差を差し、「どこにいようとにっくき三番村の者だとわかれば出会い次第……」と目を光らせ夜な夜な新町(西区新町通にあった遊郭)、しじみ川、道頓堀のあたりをぶらぶら回り、あるときは貧弱な浮気男、または北浜の船荷運搬人、阿波座堀、長浜町あたりの水夫などに因縁をつけ、少しでもはむかう気色があれば、実戦演習だとして喧嘩を吹っ掛けた。
 しかし十中八九の相手は今の穏やかな世に慣れ、戦いを見たこともなく、日頃は自分の髪型をあれこれいじり衣類や腰の物(刀や印籠いんろう、巾着、キセル入れなど、腰に帯びるものの総称)などに凝り、うわべの派手さ風流ぐあいを競い合い、女に好かれることを願うといった今の時代の者たちだったので、人が見ていないところで少々踏まれても、報復しようと思う者はほとんどいなかった。
 そのため庄九郎はいよいよ図に乗って、

「みなおれに恐れをなし、敵対する者はだれもいないようだ」

 と一人笑いを浮かべ、いよいよ乱暴狼藉ろうぜきは増し、人が恐れるさまを仲間とおもしろがり、付近一帯をのさばっているうちにいつしか報復しようと思い立った志も忘れ、悪に進み、あの橋で待ち伏せしこのくるわで邪魔をしてというように暴れまわった。

 捕縛され処刑された夕方までの悪行は三千七百ヶ条に及び、そのすべてが鏡に映し出された。

 念仏を唱えるという善事を行っていれば、来世の救いもあったかもしれないが、生前唱えたことはなかった。しかし死後であっても悪行を悔い、余念なく念仏を唱えれば功徳はあり、あまりに重い罪も軽減される。そこで五人の無法者は悔い改めることを誓い、「なにとぞお助けください」と言って念仏を唱えた。
 しかし娑婆に未練のある心で唱えた念仏だったので功徳は薄かった。とはいえ仏の慈悲の心により、この一度きりの念仏によって千七百ヶ条の罪は免除された。
 本来は阿鼻地獄(八大地獄のなかで最も苦しい地獄)に落ちるべき罪人だったが、生道においてふくろうに生まれ変わり、二万ごう(劫=極めて長い時間の単位)を経たのち、人間道に戻すべし、との閻魔えんま庁の裁定に従い、獄卒たちは五人を引き立て、雲に乗って去っていった。

 桐石は机に伏して眠っていたが、鶏の時を告げる声と、大福院(南区三津寺)の鐘の音によって目を覚ました。見れば白髪町の夜は朗らかに明け、妻が傍らで帯も解かず着物姿のまま眠っていた。



*畜生道・・・六道(天道・人間道・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道)の一つ。生前の行為によって、死後六道のいずれかの世界に生まれ変わる。

(御伽百物語 巻五の一『花形の鏡』より)

『御伽百物語』概要は↓よりどうぞ。
現代語訳で楽しむ日本古典『御伽百物語』前口上|トミオ|note

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