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差異を受け入れる“土”をつくる JR東日本文化創造財団が考える文化創造施設の役割

JR東日本がすすめる高輪ゲートウェイ駅周辺一帯を対象とした「高輪ゲートウェイシティ(仮称)」(以下、高輪ゲートウェイシティ)のまちづくりの一環である「TokyoYard PROJECT」では、開発の背景やプロセス、まちづくりにおける理念を発信しています。

今回は、高輪ゲートウェイシティの2街区に完成予定の文化創造棟、そして同施設での企画・運営を担う「一般財団法人JR東日本文化創造財団」について、文化創造棟準備室長の内田まほろに聞きました。

内田まほろ
一般財団法人JR東日本文化創造財団 高輪ゲートウェイシティ(仮称)文化創造棟準備室 室長。2002〜2020年まで日本科学未来館に勤務。アート/テクノロジー/デザインの融合領域を専門に、それらと科学とつなげるイベント/展覧会を数多く担当。2005~2006年には文化庁在外研修員として、米ニューヨーク近代美術館(MoMA)にも勤務。2020年からJR東日本に勤務したのち、現職に至る。

過去・現在・未来をつなぐ文化の拠点

2024年度末にまちびらきする高輪ゲートウェイシティは4つの街区で構成され、オフィスやホテル、住宅、商業施設、MICE施設など、街区ごとに様々なコンセプトと機能を有しています。そのなかで、2街区に生まれる様々な文化活動や実験を行う拠点が「文化創造棟」です。

文化創造棟は、高輪ゲートウェイシティにおけるまちづくりのコンセプト「100年先の心豊かなくらし」を実現させるため、多様な実験と実証を行いながら文化を創造し、既存の文化フォーマットを更新する新たな事例を生み出していく施設です。展覧会、ライブ、パフォーミングアート、イベント、教育や学びの場など、様々な文化フォーマットに対応しながら、領域を超えて新しい創造を生み出す街のシンボルになることを目指しています。

多くの人たちが集う街として回遊性を持たせ、様々な実証実験が可能なスペースや緑地を有するため、高輪ゲートウェイシティにおいて唯一、ビルインではなく低層の独立した建物となる予定。建物の外装デザインは建築家・隈研吾氏

高輪ゲートウェイシティにとって、ひとに豊かさをもたらす「文化」を育むことはもっとも重要なテーマのひとつです。様々な文化が次々と生まれるニューヨークやロンドンといった都市には、素晴らしい文化施設が存在します。世界の玄関口「Global Gateway」を標榜する新しい街を国際的に魅力のある場所にするためには、それらに匹敵する文化施設が必要だと考えています。

また本開発が行われる高輪地区は、幕末に英国公使館が置かれた東禅寺や忠臣蔵のモデルとなった赤穂浪士が葬られている泉岳寺など、史跡が数多く存在する場所です。江戸時代に設けられた東海道の「高輪大木戸」は江戸の南の玄関口としての機能を果たし、明治時代には日本初の鉄道が開通した「鉄道のはじまりの場所」でもあります。当時「海の上を走る列車」と親しまれた、本芝(現 田町駅)から品川停車場(現 品川駅)を結ぶ海上の線路「高輪築堤」が、開発工事中に出土したことは記憶に新しいかもしれません。

こうした日本の歴史的文脈が多く存在する高輪の地で、過去と現在を繋ぎながら、新たな文化を育むことでよりよい未来をかたちづくる。その拠点として「文化創造棟」があります。

「総合型」複合文化施設という挑戦

高輪ゲートウェイシティ・文化創造棟の大きな特徴は、「知」「美」「技」と「笑」が集結し、さまざまな専門分野と価値観が融合することで、新しい価値観が生み出される「総合型」の複合文化施設であることです。

東京において、各専門分野に特化した文化施設は存在しますが、総合型の複合文化施設というのは多くはありません。文化芸術を振興する政策が推進された背景もあって1970年代ごろから多くの文化施設が生まれましたが、施設によって管轄の自治体/省庁が異なり、また予算も限られているため、公共の文化施設はひとつの機能/ジャンルに特化していることがほとんどでした。

また、美術館や博物館であれば文化財を収集・保存・公開する、劇場であればパフォーマーがパフォーマンスを行うなど、物理的なアウトプットを前提としたこれまでの芸術の歴史のなかで、文化施設のハード的に必要な機能もそれぞれの用途にあわせて分かれていきました。しかし、デジタルテクノロジーの普及によってあらゆる文化芸術の垣根が取り払われる現代においては、文化施設もそれにあわせた文化の器となるべく更新されていく必要があります。今後、そうした背景にあわせて総合型の文化施設は増えていくと考えていますが、高輪ゲートウェイシティの文化創造棟はその先駆けとなることを目指しています。

5F「BOX 1500」:天井高約6.5mの自由なレイアウトが可能な空間は、ホワイエを含め約1500m2の面積をもつ。文化財級の展示が可能な特別展示室も併設。空間が用途を規定しないよう、それぞれのスペースは「BOX」というネーミングにとどめてある
2F「BOX 300」:開閉式の壁を有し、利用目的に合わせた空間演出が可能。先進テクノロジーを用いた実験的プログラムや、企業との共創による実証実験も行う予定
B3F「BOX 1000」:約1000m2、固定席最大1200席のライブ/パフォーマンス空間。演目に応じて客席の変更が可能。実験性を重視し、従来の劇場演出の枠を自由に超えた演出が可能になる

自主運営の強みをいかす、文化創造財団のミッション

専門分野の垣根を取り払い、ひと・もの・知恵・技術が交わりあう文化の器となるには、単に施設(ハード)をつくって終わりではなく、そこにどのようなコンテンツ(ソフト)があるかが重要です。それにあたり、JR東日本は文化創造棟を企画運営するための組織として「一般財団法人JR東日本文化創造財団」を2022年4月1日に設立しました。

当財団は、一般的に複数年の期間を要する文化施設の企画・展示制作を開館前から準備し、施設開館後も企画立案・推進をはかっていくための専門組織です。自主運営の強みをいかし、以下の3つのミッションをもとに、財団がオリジナルでコンテンツを企画立案しながら運営を行っていきます。

1 未来をつくる
「100年先へ文化をつなぐ」というコンセプトのもとに文化創造を推進していきます。私たちは常に未来を担う若い人たちと考え、活動をしていきます。次世代のプレイヤーと、その時代に生まれる問いに向き合い、実験的な活動を重ね、未来に提示していきます。

2 文化を生みだす
100年先はどのような世界なのでしょう。人種、ジェンダー、障害などを超えるのはもちろん、テクノロジーによって距離や言語を超越したパートナーが登場していることでしょう。現代の概念にとらわれない未来型のプレイヤーと文化を生み出していきます。

3 伝統をつなぐ
未来は過去の連続の先にあります。未来を考える上で、歴史・伝統はとても大切です。自然と共にある日本の伝統的な文化を、そのまま守るだけでなく時代の最適な技術やクリエイティブと掛け合わせ、更新し、未来につないでいきます。

文化施設のなかだけで完結しない

これらのミッションは、文化創造棟での企画が「施設のなかで完結しない」ために重要な指針となります。イベントを施設で一度やって終わりではなく、未来に資する文化的コンテンツとは何なのか。そのためにJR東日本ができることは何なのかを問いながら、企画運営を行っていくことが重要です。

よりよい文化の醸成を支えるためにJR東日本がもっとも活用できるもの。それは、鉄道とそれを起点にした様々なネットワークです。全国に発達した物理的な鉄道ネットワークと駅、商業施設、ホテル、オフィスといった各地方都市・街にある様々な施設、広告媒体、広範囲な事業をカバーする膨大な数のグループ会社──。これらは様々な文化が行き来する素晴らしい文化的アセットです。

しかし、日々、鉄道の安全を守り、輸送サービスを提供しているJR東日本の社員のみなさんは、その文化としての鉄道アセットの魅力にあまり気がついていないと感じます。わたしたち財団の役割は、これらのアセットを文化的な視点でつなぎ直し、JR東日本のまちづくりにしかできない文化創造を行っていくことでもあります。現時点で公にできないことも多いですが、それは公共的なスペースやモビリティ、Suicaなどの技術の新たな活用方法を文化の側面から問う企画かもしれませんし、コンテンツをつくるプロセスのなかに各地方との循環を落とし込んだ企画かもしれません。

また、あたらしい街は「Global Gateway」を標榜していますから、高輪という地域の単位から港区、東京、日本、そして世界へと繋がり、循環を育むようなコンテンツである必要もあります。加えて、日本の伝統的な文化と現在を、時間を超えて交差させることで、未来の豊かな暮らしにつながる文化の一助になる企画をつくることも、当財団の重要な使命だと考えています。

文化施設の役割は、文化をゼロからつくることじゃない

ここまで(当財団のミッションにもあるように)「文化をつくる」と声を大にして述べてきましたが、そもそも「文化的に豊かな状態」とはどのような状態を指すのでしょうか。

「文化」の定義は非常に難しいですが、わたしは「大小様々なコミュニティのなかで、継続的に行われているもの」だと考えています。みんなで楽しくご飯を食べるのも、黙ってひとりで食べるのも「文化」であり、文化とは常に、どこにでも既に存在するものなのです。そして、どちらが幸せか、豊かであるかは、ひとや地域、価値観など様々な要因によって差異が生じます。その「差異」が多様に存在する状態。それが文化的に豊かな状態なのではないでしょうか。

文化は連続性のなかで育まれながらも、それでいて無軌道なものです。結果として「そこにあるもの」ですから、ゼロから意図的に文化をつくろうとしてもそう叶うものではありません。文化施設の役割は、文化そのものをつくるというよりも、あらゆる差異に対応できる状態、サポートできる仕組みを長期的な視点をもってつくることにあります。差異が受け入れられる文化的に栄養度の高い土壌があることで、新たな試みにつながり、結果的に次なる文化の萌芽が生まれる「かも」しれません。そして、この「かも」というのは、文化を考えるにあたってとても重要なことなのです。

民間企業が文化施設をつくろうとしたとき、営利企業はもちろん投資を回収しなければなりませんから、どうしても短期的な利益につながる集客や話題性などが避けられない評価軸になってしまいます。文化の難しいところは、経済性という単一の価値基準で測れないところにあり、仮に文化的価値に値段がついて収益が出たとしても、次に同じことが起きるとは限らない点にあります。不確定かつ評価ができないものに対して、基本的に企業は投資をすることはできませんから、文化に対して長期的な取り組みをすることが難しくなってしまいます。

かといって、公共事業には年間予算があり、それは税金によって賄われるものです。また多くのルールが存在するがゆえに新しい試みをなかなかできない、あるいは公共事業においては経済的な利益を求めにくいという難点が存在するのも事実です。

そうした課題があるなかで、「かもしれない」を受け入れながら、文化的な価値の振れ幅を長期的に支えるにはどうすればいいか。今回のJR東日本のアプローチは、公共的なミッションをもちつつ民間的な経済活動を行うことができる、半公共的な役割を担う財団という形式だったのです。

文化は瞬間的なものではなく、つながっていくべきものです。文化施設は「事業的にダメだったらやめる」といったことが決してあってはならず、わたしたちには「続ける」という覚悟が問われます。同時に、わたしたちの力だけで豊かな文化的土壌をつくれるわけではありません。

文化創造棟が開業してから「さぁ、今日から文化的な活動をしていきましょう」と宣言するのではなく、パートナー企業や地域・来街者のみなさま、クリエイターをはじめとした文化に携わる様々な方々にプレイベントや開業前のプロセスから参加いただきながら、それぞれがつながり合い、街の文化の主役であると感じられる仕掛けをしていきたいと考えています。

取材・構成:和田拓也
撮影:山口雄太郎
ディレクション:黒鳥社

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