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新聞奨学生時代の思い出(7)

新聞奨学生になって1年くらい経った頃、集金業務をすることになった。そうは言っても学業との兼ね合いで、100%の回収には無理があったから、月内に80%まで回収してくれればいいよ、と店長が言ってくれた。私が月内に回収できなかった分は、社員がやってくれることになった。集金手当は毎月3万円だった。

集金業務は毎月25日から始まる。給与支給日が25日の会社が多いことに合わせているらしかった。新聞代金の支払い方法は配達員による戸別集金、クレジットカード払い、口座引き落としの3種類があった。顧客の90%以上は集金を希望していたが、すんなり支払ってくれるのはそのうち70%くらいで、20~30%の顧客は居留守を使ったり、ほとんど在宅していなかったり、連絡がつかなかったりで、毎月回収するのが大変だった。

ある日、私はTエステートと呼ばれる団地での集金を終え、販売店に戻って、集めたお金を机の上に広げて数えていた。計算が終わり、領収書の半券と回収した現金を綺麗に揃えて事務所に提出し、事務所からの確認OKが出るまで、しばし店内でマッタリすることにした。

すると、大学中退後、パチスロ中毒になって新聞屋から抜け出せなくなっていた、私より2歳年下の通称ホーリーが集金から戻ってきて、店内でくつろいでいる私を見て、驚いたように、「あれ!? Q太郎さん、さっきTエステートの4号棟にいましたよね?」と言った。どうやらホーリーは、私がまだ集金中だと思い込んでいたもんだから、販売店内に瞬間移動したかのような私を見て、かなり混乱している様子だった。

私が、「いや、今日は4号棟には行ってないけど」と答えると、ホーリーは首を傾げながら、「おかしいなぁ、あの声は絶対Q太郎さんの声だったんだけどなぁ」と言い、おかしいなぁ、おかしいなぁと、稲川淳二のように何度も呟いていた。

Tエステートは、階段踊り場の両脇に玄関ドアが対面している昭和的な団地で、下の階の踊り場にいる人の声は直上に響くため、玄関前で会話していると、上階までかなりクリアに声が聞こえてくる構造だった。ましてや、毎日顔を合わせている仲間の声を聴き間違えるはずがなかった。

昔から、世界には自分にそっくりな人が3人いるとか、時空の歪みなどでパラレルワールドに生きている自分の分身が突如として現れることがあるとか、強い念を抱いた生霊または死霊が自由自在に飛んで行くなどという、俄(にわ)かには信じがたい話がある。

いわゆる、ドッペルゲンガー(Doppelgänger)とか、『雨月物語』の「菊花の約」などに見られるような現象だ。しかしながら、私は以前にも左様な経験があったから、さすがにホーリーの話を聞いて、気味が悪くなった。

1度目は中学生の時だ。同じクラスの同級生が、ある日、私がKOデパートの中で見知らぬ女と歩いているのを目撃した、と言った。しかし、私はその日は外出しておらず、KOデパートにも行ってなかった。そもそも、KOデパートは、中学生が遊びに行く場所ではなかった。

2度目は某カラオケ店でバイトしていた時だ。あるバイト仲間がカラオケ店の店頭でキャッチをしている時、彼の目の前を私が通り過ぎようとしていたため、声をかけたが無視された、と言った。しかし、私はその日は風邪で寝込んでおり、外出する気力など微塵もなかった。そもそも、カラオケ店前の歩道は自転車1台がやっと通れるくらいの幅しかなく、人はかなり近距離ですれ違うはずだから、知り合いを見間違えるはずがなかった。全く奇妙な話だった。

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