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55歳の母親に、いちから化粧を教えている。

先日母と二人で買い物に出た先で、彼女に下地からファンデーションなどを一式選んで使い方を教えるという不思議な経験をした。母は55歳、私は20歳、私はかなり化粧が好きなのだが、母の方は今までの人生においてそういうものに大変疎かった。


母が今まで使っていたものは下地、パウダーファンデーション、アイブロウペンシル、そして1種類の口紅のみ。マナーとしての化粧しか意識しない、最低限のラインナップだった。顔の赤みが気になるというのに適当にピンク系の下地を選んで使っていたし、乾燥肌だというのにパウダーファンデーションしか知らないので冬はいつも粉を吹いていた。そもそもスキンケアすらちゃんとしていない。眉毛はわさわさしているのに整え方を知らなくて、適当に剃って適当に線を書いていた。口紅だけはかろうじて肌色に合っていたので及第点と言ったところ。


ムダ毛は今までの人生で一度も気にしたことがないほど生えていないし(同じ女として羨ましすぎて発狂する)、肌はそこそこ白く、乾燥と部分的なシミ以外にトラブルもない。髪質もいいし、目元は優し気で可愛いし、土台はいいのだ。なんてもったいない。絶対にもっと若々しくなれる。使っているファンデーションがなくなった、という彼女の言葉をきっかけに、我慢ならなくなった私は彼女をコスメカウンターへと引っ張った。


まず真っ先にしたかったのがファンデーションをパウダータイプからリキッドタイプに変えること。乾燥肌なのにパウダーだけで頑張って隠そうと厚塗りし、老けて見えてしまっているのではないかとずっと考えていた。母はまずファンデーションにパウダー以外があることに驚き、そこからジェルとリキッドとクリームの3種類がある時点でもう頭が混乱している。しかしとりあえず液状のものをそれぞれ手の甲に伸ばしてみると、保湿感がありつつしっかりと肌の粗を隠してくれることに感動していた。下地と日焼け止めも同じラインを試してみると、どちらもほぼ乳液のようなテクスチャでとても使い心地がよさそうだった。「化粧している」感の強いテクスチャのものを顔に重ねる憂鬱感しか知らなかった母は、またもやいたく感動している。結局日焼け止めと化粧下地とジェルタイプのファンデーションを一式そこで購入してしまった。


家に帰って、早速買った化粧品を顔にのせてみる。まずしっかりと化粧水や乳液で保湿をしてから化粧をする、ということを徹底してから、下地を塗りこみ、恐る恐る初めて使うジェルタイプのファンデーションをのせる。だいたいは指で伸ばしたあと濡らしたスポンジでたたくと、驚くほど密着して艶が出た。今までの肌とは10歳くらい、見た目年齢に差が出る。今までは確かに部分的に粉を吹いているのが分かったが、ファンデーションのノリが違うというのは本来こういうことをいうのだと初めてここまで実感したかもしれない。塗っているものを変えただけなのに、その時点でまるで別人の顔になった。その上から私が持っているバーム状のハイライトをのせるとさらに透明感が爆発した。結婚式以来のせたことがないというアイシャドウも、控えめな色で上品なパールが入っているものを薄くのせると、驚くほど目元がかわいらしくなった。眉毛も私が剃ってアイブロウマスカラで仕上げると、不思議なくらい垢抜けた。


見た目の若々しさをつかさどるのは水分だと、この時本当に強く思った。油分と水分は違う。お互い乾燥肌なので脂性肌のことはわからないが、少なくともオイルを下地に塗って仕上げるメイクとは明らかに違う。ベースのスキンケアから下地からファンデーションから全て水分量を大事に選んで施した化粧は、下品な艶やテカリがなくシンプルに肌をきれいに見せるのみだった。55歳の母は、もはや45歳の肌になった。


若返った母は、文字通り頬をツヤツヤキラキラさせて喜んだ。使用感がよく手順も比較的簡単なものを選んだため、これなら自分でもできそうと嬉しそうに言っていた。それが私には少し嬉しかった。というのも、母はこれまで化粧を「楽しい」とは思えず、ただ社会に出るうえでマナーとしてしなければならない「めんどくさいもの」として捉えていたのだ。今回の変わりっぷりと若返りっぷりによって、母が化粧を少なくとも「やりたいと思えるもの」と捉えたということはかなり大きな変化だ。明らかに可愛くなって、父にもそれに気づいてもらえて、母は少女のように笑っていた。私にとっては化粧を覚えたての妹ができたようで、歳は関係なくそんな存在がかわいらしく思えた。


化粧は楽しいものである。


紛れもなく今の私は化粧を楽しいものだと捉えているが、ちょっと前まではそこまで思っていなかった。ちょっと前までは知識が浅かったため「化粧はある程度こうしなきゃいけない」とか「コンプレックスをカバーする(ブスをマシにする)ものだ」という捉え方をしていた。もちろんそういう面も大きいが、もっと化粧は本来楽しいものだ。色とりどりのカラーアイテム、きらびやかで繊細なパッケージ、たくさんの魅力的なブランドモチーフ。それらを見てワクワクしない人間はいないと思う。コスメは本来、そのワクワクのもとに自由に使われるべきものなのだ。コンプレックスを隠すとか、マナーだとか、似合う色に囚われすぎるとか、そんなある種の呪縛のもとに使われるなんてもったいない。自分がなりたい自分になって、鏡を見るたびにちょっとでも幸せになれることが今の化粧の目的であるべきだと思う。


今回の母の表情と気持ちの変化は、私にそんなことを再確認させてくれた。どんな世代であっても、女の子は楽しい!


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