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地蔵調査官(シナリオ)④

34地蔵寺·境内(夕方)

  掃き掃除をする灯。表情は虚ろである。カラスが灯の方を見てカアカアと鳴き、飛び去る。

ゴミをまとめてゴミ捨て場へ向かう途中、植え込みから男の腰から下が生えているのを見つける。

灯 「きゃっ!」

  下半身はもぞもぞ動き、植え込みから地蔵調査官の上半身が出て来る。

灯 「おじさん!そんなところで、何してるの?!」

地蔵調査官「これは失礼しました、驚かせてしまったようで。実はあるお地蔵様を探しているのです」

灯 「あるお地蔵様?」

地蔵調査官「この街のお地蔵様達から最も尊敬されているお方が、このお寺のどこかにいらっしゃるらしいのです。しかし、そのお方は人間からは忘れられているそうで、どこにいらっしゃるのかわからないのです」

灯 「そう」

地蔵調査官「どこか心当たりはありませんか?」

灯 「うーん、ちょっとわからないなあ。明日、掃除の合間に私も探してみるね」

地蔵調査官「ありがとうございます。見つかりましたら是非教えてください。では、今日は失礼します」

灯 「さようなら」


35母屋·居間(夜)

夕食を食べる公子と玄宗。

灯が入って来る。

灯 「公子さん、掃除終わりました」

公子「そうかい」

灯 「あのー、私の…」

灯の席には何も用意されていない。

公子「ないよ!あんたのせいで本堂の仏具が盗まれたんだから、あんたの養育費から弁償させてもらうよ。当分の間、うちで夕飯は出さないからね!」

灯 「…ごめんなさい」

公子「謝っても盗まれたものは返ってこないだろ!」

灯 「…ごめんなさい」

公子「……」

灯 「(泣きそうな声で)ごめんなさい、公子さん…」

  公子、黙って立ち上がり灯の茶碗にご飯をよそう。

× ×

(回想)

  地蔵寺の門前を通る二人の婦人。

女1「知ってる?このお寺」

女2「ああ、あの事件の…」

女1「そう、人殺しのお寺」

女2「人殺しを生んだお寺でしょ」

× ×

公子「うるさいっ!!」

  と、灯の茶碗を床に叩きつける。

公子「あんたのせいで、どれだけ檀家が減ったかわからないんだよ!あんたのせいで、あんたのせいで!」

玄宗「灯、今日はもう自分の部屋に戻りなさい」

灯 「はい…」

  灯、居間から出る。

公子「はあ…もう私は限界だよ」

玄宗「そうだなあ」

公子「あの子の両親は子供を殴り殺して未だに塀の中だろう?本当は血の繋がりなんてほとんどない程遠縁なのに、あの子がいるせいで、世間からはね、うちの直系の親類から人殺しが出たと思われてるんだよ!それでお寺の信用がどれだけ落ちたか、あんた、わかってるの?!いい加減、あの子を施設に入れなさいよ」

玄宗「そうだなあ。明日、施設の方と話してこよう」

公子「頼みますよ」

× ×

灯、その会話をドア越しに聞いて、その場に座り込んでしまう。ガタガタと震えて、涙を浮かべ絶望に沈んだ表情。

灯 「…さむいよお」


36同·灯の部屋(夜)

  粗末な六畳の和室。部屋の照明は切れかけていて、チカチカと点滅している。畳は古く傷んでいる。小さな机の上には、図書館で借りた文庫本と教科書、ノート、筆記用具など、必要最低限の物しか見当たらない。ボロボロの襖に、制服が架けられている。

片隅には粗末な布団に横になっている灯。

灯 「もうここにもいられないんだ…」

部屋の照明が切れる。

× ×

  (フラッシュ)

  シャワーから勢い良く出る冷水。

× ×

毛布を頭から被り、ガタガタと震えて、

灯 「さむい、さむいよお」

  壁に掛けられた時計が午後11時56分を指す。秒針の音だけが部屋に響いている。

ふと部屋の中に人の気配を感じて飛び起きて、

灯 「誰?!」

  部屋には灯以外誰もおらず、辺りは静まり返っている。

再び毛布を頭から被る。

今度は、リーンと鈴の音が聞こえる。

灯 「誰かいるの?」

  再び部屋を見渡すが誰もいない。

起き上がり窓の方へ近づき、外をじっと見つめる灯。

灯 「外から聞こえる…」


37地蔵寺·境内(夜)

  夜空に浮かぶ満月。

月の光で灯の影がくっきりと地面に映る。鈴の音の方へと恐る恐る歩く灯の影。


  広場に出ると赤い着物姿の子ども達が童歌を歌いながら縄を飛んで遊んでいる。

子ども達「池のほとりで 棚引くアヤメ

  花が欲しいと 近寄るひとり

  野辺の送りに 明かりが灯り

  ひとり ひとり かなしく ひとり

  ひとり…」

  女の子が一人近寄り、灯の目を見て童歌の続きを歌う。

女の子「赤い池から 出られない」

  呆然とする灯。女の子は黙って門の方を指差す。灯、そちらを見るが何もない。視線を戻すと、さっきまでいたはずの子ども達の姿がない。

灯 「え…」

再び鈴の音が鳴り、音の方を見ると先程の女の子が鈴を鳴らして灯を呼んでいる。

  灯、女の子の後を追う。


38同·裏庭(夜)

灯、女の子を見失う。鈴の音は草むらの奥から聞こえてくる。音を頼りに草をかき分けて進む。しばらく行くと、幼児程の大きさの岩を見つける。

灯 「この下から音がする…」

  と、岩をひっくり返す。

よく見ると、うっすらと地蔵の顔が彫られている。

灯 「この岩…お地蔵様だ!」

  地蔵は長い間雨風に晒され目鼻はほとんど削れているが、月明かりに照らされて口元が優しく微笑んでいるように見える。

ーー続くーー


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