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彼のハヤシライス


10月が、来た。


何度も書いているけれど彼と私が別れ話をしたのは五月で、あれからもう五か月も経ったのだと思うと、とても不思議な気持ちになる。



彼と喧嘩をしたその日、夜ご飯はハヤシライスの予定だった。

彼の、唯一の得意料理だ。


それを作ってくれて、「寝かせたほうが美味しいからちょっと待とう」とお鍋のふたを慎重に閉じて彼は得意げな顔をしていた。その直後だ、ふとした話から喧嘩になったのは。

付き合って3か月くらい経った時。彼の家に行った時、私はふと思い立って「晩ごはん作ろうか」と提案した。彼は私が「晩ごはん作ろうか」、の「か」を半分くらい発音したくらいですぐに「うん!!」といいお返事をしてくれた。

そうなったら早くスーパーにいこう、今すぐ行こう、と子供みたいに私を急かす彼と手を繋ぎ、スーパーに食材を買いに行く。(彼の冷蔵庫には賞味期限の忍び寄る「ごはんですよ」とショウガのチューブと冷えピタしか入っていなかったのだ。マンガに出てくるひとりぐらしの男の人の冷蔵庫そのままで、ちょっと笑って、びっくりもした。)

そんなこんなで、はじめて彼に振舞ったのは、味噌汁と、鶏と大根の煮物だった。

おいしい、おいしいと言って上顎の内っかわをやけどしながらはふはふと煮物を頬張る彼を見て、とてつもなく心が満たされていったことをよく覚えている。


好きな人の「食」に関わることは、最大の独占だと思うのだ。


次の日も食べられるようにと少し多めに作った煮物は、私が帰った後も彼の手によってあたためられ彼の胃袋に消えていった。二日目のお昼に「煮物、さらに味が染みておいしい」とメッセージを送ってきた彼がとても可愛かった。私が側にいないときも、彼のなかに私がいることを初めて信じられた気がした。


そうして、その次に彼の家に行った時、彼が「自分もなにか振舞いたい」と言って作ってくれたのが、ハヤシライスだ。

「おれの、唯一の得意料理だけど、いいことがあったときとか、自分を労うときにしか作らない。人に食べてもらいたいと思ったのは初めてだからちょっと緊張する」

と言って、腕まくりをしてキッチンに向かっていった。


彼の料理はとても丁寧だ。普段やらないぶん特別なイベントとしてカウントされるからなのだろうけど、とにかく丁寧で、たまねぎなんかは本当に、飴色というか飴なのだろうかというくらいまでゆっくりバターで炒める。そして丁寧にお肉を切る。お肉は少し、大きめ。ルーもこだわりのものがあるらしい。それは少し遠めのスーパーにしか売っていなくて、わざわざ買ってきたと言っていた。

楽しみにしてて、と言ってゆっくり、じっくり、キッチンでお鍋を見つめるその目はやさしくて、なんだかとても満たされているような顔をしていた。おまけにまつげはとても長くて、私はなんだかとても嬉しくてこそばゆくて、その横顔をこっそり何度も見つめた。

ずっと片思いしていた好きな人が恋人になって、その人のお家で、その人の料理を食べたり料理をして食べてもらったりするのは、人生で初めてだった。付き合って間もないころにも喧嘩のようなものはしていたのだろうけど、それよりも、楽しいことばかり思い出すのだ。彼の笑った顔、拗ねた顔、嬉しさをがんばって隠そうとしている顔、今嬉しい?と聞いて、わかる?と照れた顔、そして、泣いている顔。


いつ、どの時点の彼を思い出しても、私は彼を愛していて、困る。



今回の喧嘩は、私の我慢に我慢を重ねたため息が直接的な別れ話の原因だったのだけど、今思えばこの、滅多にない、レアな、ハヤシライス作りの日によりにもよって喧嘩をしてしまったということが何よりもの原因だったのだと思う。

「別れよう」と言った後、彼は激怒しながらひとりでお皿にごはんをよそい、ひとりでハヤシライスを食べた。ふたりで食べようねと言っていた、寝かせていたハヤシライス。急に起こされてびっくりしたのではないだろうか。「ごめん」と言う私に彼は「近寄らないで下さい」と言い放ち、私に背を向けて食べ続けた。そしてお皿が空になると部屋のドアを勢いよく閉めて、私を拒絶した。

はじめての拒絶。

今思い出しても、胸が痛む。




このノートの見出し画像は、彼の作ったハヤシライスである。


「映える」写真を撮るよりも何よりもあたたかいうちにスプーンを入れなければと急いで撮った写真。お洒落さもなにもないけれど、私にとっては、とても大切な写真だ。


これを撮影したのは、昨日。


仕事を終えて家に帰ると、包丁の音が聞こえた。まさか、と思い廊下を進みダイニングに入ると、彼が玉ねぎを切りながら「おかえり」と微笑んだ。

どうしたの、と聞くと

「そばにいてくれるお礼」と彼は言った。


お鍋を見つめる目は、私が初めてみたそれと、同じだった。


涙が溢れて止まらなくて、「わあい」とごまかしながら部屋に逃げた。







名前のないふたりは リスタートをして

恋人という名前のついたふたりになりました。




私も、彼も、恋人と寄りを戻すのは初めてで

でも、「またよろしく」の次の日からは

なにもかもなかったかのように、私たちは恋人同士に戻っていた。



行ってらっしゃいのキスも、おかえりのキスとハグも、おやすみのキスも、彼のお仕事の報告も、私のじゃれつきも、元に戻った。



ただ

私には、戻れないことが増えすぎてしまった。


喧嘩中や別れている間とはいえ、彼に言われた言葉が胸に刺さったまま抜けないこと、彼を頼ることが怖くなってしまったこと、彼が抱いた女の子を許せずにいること、「あの人」のこと、耐えられず始めた「仕事」のこと。

彼がつけた傷を見ないふりするためには、私も彼に言えないことをしようと決めた。「私は我慢しているのに」なんて自分で自分を生きづらくすることはもうしない。彼が自由に生きるなら、私もやりたいようにする。それでも一緒にいるというのは、お互いの愛のかたちだと思う。


私は、私のために、生きる。

彼を愛して、自分も大切にする。彼を通して自分を見ない。

私の人生の延長線上に彼がいるだけだ。彼が私の人生ではない。


彼で満たされない部分は、他で補えばいい。

彼の前でご機嫌なわたしでいるために、私はいくつかの手段を見つけた。




私にはやっぱり 真っ直ぐ人を愛することはできないみたいだ。

それでも、歪んでいたとしても、私は彼を、愛している。











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