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ちょっと真面目に。『フィールドに入る』感想文。

『フィールドに入る』椎野若菜・白石壮一郎編、古今書院、2014年

 こちらの本を読んだのは、編著者である白石壮一郎さんからご紹介いただいた弘前大学の学生さん向けコンテンツのインタビュー記事で言及なさっていたおすすめの参考文献で読みたいなと思ったからです、長い!

 白石さんは、わたしが恵迪寮で卒業研究をしていた頃の6年目の先輩で、研究真っ最中の夏の期の同じ部屋の人でした。もう15年くらい連絡も途絶えてしまっていましたが、この春、現役北大生の女の子からのあるお問い合わせをきっかけに、繋ぐ目的で試しにググってみたらあっさりヒットして(結構吃驚した)、それからまたやり取りが復活したのでした。大学院からアフリカをフィールドにした研究をされて、今は弘前大学で教えておいでです。

 この本は、人類学や地域研究、自然地理学、雪氷学など広い分野にわたって、フィールドワークを展開されている14人の研究者の方々が、自身のフィールド経験について語った一種のエッセイ集です。それぞれの個人的な経験を語る形にしたねらいは、「イントロダクション」で以下のように書かれています。

・・・(前略)それそれの研究者が経験した「フィールドでの出会い」や「フィールドとの出会い」をリアルに語ってもらい、読者のみなさん自身に、そのなかから答えを見いだしてもらいたいと思う。これは意地悪をしていたり「上から」的な態度で言ったりしているのではなく、フィールドワークと同じで、その問いには近道の答えがおそらくないからだ。・・・(中略)・・・だから、読者のみなさんにはこの本に登場する14人のフィールドワーカーの肩越しに、それぞれのフィールド滞在を覗いてみていただきたいと思う。(後略)・・・

 すべて読み終えての感想は、まさに14人14様といった感じで、とても興味深く、とても遥かな気持ちになりました。ほんとうに、「ひとつの簡単な答えなんてないなあ!」と、感嘆でした。イントロダクションで書かれているように、論文など成果の形でまとめられたものにはリアルな現場のやり取りや感情の起伏は反映されないのですが、この本で語られたものには、研究者の方たちの、院生時代のぽやーーっとした意識(ごめんなさい!つまり、最初っから明確な問題設定や到達目標など、持ってる訳じゃないんだ、ということですね)や、とまどいや葛藤や、フィールドで出会った方たちとの関係構築のプロセスなどが、人柄も思い浮かべられてしまうほどのリアルさで、描き出されているからです。

 さて、わたしは自分の行った恵迪寮の調査において、ずっとフィールドワークについてのコンプレックスがありました。それは、方法論なんかきちんと勉強しないままに、もう興味と勢いだけでフィールドに乗り出してしまったからです。自己流で不完全な調査をやっちゃった、と、ずっとなんかじくじくしていました。それに、学部時代は指導してくださった院生にずっと「これだと大学院にも行けない論文」的な扱いをされてましたので、そりゃあ学部4年生は自信なんか持てねぇよ!ですよ。

 ですがこの本を読んだ後、曲がりなりにもわたしは学部生の頃、ちゃんと「フィールドワーク」をやったのではなかっただろうか、という気がしました。つまり、答えなんかない未知の世界に飛び込んで、試行錯誤や失敗をしながらも、当該社会について自分なりの発見や解釈を掴むことはできていたのではないだろうか、ということです。

 それから、ずっと「ちゃんとした恵迪寮生」には最後までなれなかった、というコンプレックスもあったのですが、このマガジンを発表し始めてからぽつぽつと当時の寮生の皆さんと繋がり出し、そのあたりの葛藤も何となく自分の中で噛み砕けるようになってきました。要は「あの頃、わたしだけじゃなくみんな子供だった」というようなことです。

 少し話が変わりますが、この本を紹介している記事を紹介していただいた(長い!)きっかけは、白石さんが指導なさった学生さんたちの調査報告を読んだことでした。地方自治体はどこも人口減少について頭を悩ませていると思いますが、この調査は三沢市の人口移動について、進学、就職、結婚などジェンダー規範の影響の3つの観点から分析したものです。その後、卒業論文集を送っていただき、学生さんの行ったプレ団塊世代女性のライフヒストリー聞き取り調査の論文なども読ませていただきました。

 わたしがいま主に関心を持っているのは、自分の暮らす地域の結婚観と男女観です。全国的な傾向と同様に地方も晩婚化・非婚化の傾向がありますが、地方には一般的に言われている説とは別のなにかがあるんじゃないだろうか?という疑問です。

 東京的な文脈だと、現在の結婚の状況は次のように言われます:「高度成長期に確立した『男は仕事、女は家庭』の役割分業による結婚は、共働き化の進行により、現在では成り立たなくなってきた。しかしロールモデルとして確立された『男は仕事、女は家庭』から、わたしたちはまだ次のフェーズに進み切れていない」。ですがわたしは、この公式がどうも自分の暮らす地方には当てはまらないんじゃないかと、ずっと疑問を抱えているのです。かといってこれもよく言われる「地方は男尊女卑傾向が酷くて、だから女性がどんどん都市に流出する」という説も、少し違うんじゃないかと思います。地方には地方の、これまでの歴史的経緯と新たな方向性のめばえがあるような気がする。

 最近やっと、ここいらへんの地域の質的調査、フィールドワークに取り組んでみたいという気持ちが生まれてきました。フィールドワークに対するコンプレックス、もう一度手を出すのはちょっとためらわれる、みたいな気持ちも、解消できてきたようです。もう少し勉強したり準備したりしてから、身近な女性たちに聞き取りを始めてみようかなと思います。

 そしてわたしは、文化人類学を学びながら一度も海外に出かけなかった、というのもコンプレックスに感じていたのですが(いや、出かけた方がいいなとは今でも思うし、いつか「はじめてのかいがいりょこう」に挑戦しよう!とは思ってるけどね!)、多分わたしが興味を持ち知りたいと思うフィールドは、いつも自分の近くにあるのだなあという気がしました。わたしはそもそも、自分について考えるのが大好きだし自分をコンテンツにして書くのが大好きなのですが、多分フィールドについても、自分が「一当事者」である場に強く興味を惹かれるのだろうと、そう思いました。学部4年生だったわたしが恵迪寮をフィールドに選んだのも(まあ、どうしてもみんなに同化できない!とくよくよじくじく悩んでいた訳だけれども)、そういうことだったのかなあと思うのです。

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カバーイラストは、「みんなのフォトギャラリー」より、上の森 シハ(うえのもり・しは) さんのイラストを使わせていただきました。ありがとうございます!


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