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嫌なことを最後の最後まで取っておき、渋々取り組むことは、すなわち心の筋トレである。ということを全力で主張してみた結果がこれ。『デタラメだもの』

嫌なことは先に済ませておこうと考えるタイプの人と、嫌なことは嫌なことなんだから最後の最後まで取っておいて、渋々取り組もうと考えるタイプの人。超大まかに見ると、人間はこの2つのタイプに分かれる。

どちらがいいのか捉え方には個人差があるが、チャッチャと片付けてしまい、残された時間を快適で優雅に、晴れ晴れした気持ちで過ごす。嫌なことを先に済ませるほうが、きっと優秀でスマートなやり方なんだろう。そして後者はというと、どうにも怠惰で怠慢な印象があるのは否定できない。

しかしだ、嫌なことは最後に回そうと考える人は少なくないはずで、そこにはきっと、何らかの絶大なメリットがあるはずだ。「いやいや、単にサボってるだけでしょ?」というエリート達の声も聞こえなくはないが、それを言っちゃおしまいなわけで。嫌なことを先に済ませることで失ってしまうもの、嫌なことを後回しにすることで得られるものがきっとあるはずだ。

そこで、こんな風に考えてみた。嫌なことを最後の最後まで取っておいて、渋々取り組むことは、すなわち心の筋トレである、と。

考えてもみて欲しい。例えば、夏休みの宿題。学校から与えられる夏休みの宿題の分量は、夏休みがスタートした後、日ごと日ごと真面目に取り組めば、とうてい苦にならない分量だ。きっと夏休みの前半には宿題が完了してしまい、後半はお気楽に過ごしていける。精神衛生上、とてもクレバーなやり方だ。

しかし実際、それをやってのけられるのは一部の上級国民だけで、基本的に我々は、夏休みが残り数日という段階で宿題に手をつけ始める。自由研究などの宿題があることに気づき、急遽、ホームセンターなどで小道具を買いに走らねばならないこともあり、度が過ぎる我が子の体たらくっぷりに、親の顔が鬼と化し、家の中には怒号が飛び交う。

これのどこが心の筋トレかというと、自らが課したプレッシャーや恐怖心と一戦を交えることで鍛えられる心の筋肉。間に合わなかったらどうしようというプレッシャー。短期間でタスクを詰め込むことでのしかかる重圧。周囲から怒鳴り散らされる恐怖。こういった経験を積むことで、その後の人生、少々のことでは動じなくなるし、物怖じしなくなる。その実、心が鍛えられているわけだ。

ただ、この弁だけではまだまだ、怠惰、怠慢の指摘を受けかねない。一部の上級国民を言い伏せるには足りない。そこでさらに考えてみた。嫌なことを最後の最後まで取っておき、渋々取り組むことに対し、あくまで能動的になり、さらにはそれを楽しむようになれば、胸を張ってそれが心の筋トレであることを主張できる。

聞くところによると、筋トレというものは、筋肉を破壊する行為と言うじゃないの。ひと度、破壊された筋細胞は、時間をかけて以前よりも強靭な状態に生まれ変り再生される。筋トレ前よりも大きな筋肉になるわけだ。要するに、鍛えることは破壊すること。破壊と再生を繰り返し、人は大きくなる。だはは。見事な理屈じゃないの。

では、嫌なことを最後の最後まで取っておき、渋々取り組むことを良き行為へと昇華させるにはどうすればいいのか。それには次の2つの要素が必要だ。それは、逆算力と己を知ること。この2つだ。

まず大事なのが逆算力。これがないと始まらない。
嫌なことを最後の最後まで取っておくという行為は、あくまで完走を目的としたもの。先に断っておくが、「できませんでした!」は許されない。社会はそんなに甘くない。ここは勘違いしちゃいけないポイントだ。最後の最後まで取っておいて且つ、最後の最後にしっかりとゴールを決めるのが目的だからね。

となると、最後の最後、つまりは最終の締め切りから逆算して、何日前、何時間前、さらには何分前から取り組めば、華麗にゴールを決められるかを算出する。これが逆算力だ。そうすることで、「なぁんだ、意外と早く終わっちゃったじゃん。こんなんだったら、もうちょっとゆっくり寝とけばよかった」という後悔を生むことがなくなる。「あと一本遅い電車でも間に合ったじゃん」とか「こんなに早く着くんだったら、来週の予告まで見終わってから、家を出たらよかったなぁ」などの後悔もなくなる。

そしてもうひとつ、大事な要素が、己を正確に知るということ。これは何かっていうと、課せられた嫌なことをこなすのに、自分はどれだけの時間を要するのかを把握することだ。理想的には分単位で己の能力を把握しておくほうが望ましい。この数値が正確であればあるほど、前述のような後悔を感じるリスクを低減できる。

例えばこんな感じだ。
会社に行くのがとてつもなく嫌だとしよう。布団に入って寝ていたい願望を優先するならば、会社に行くという行為は最後の最後まで取っておいて、渋々家を出るほうが望ましい。さぁ、出勤せねばならん時間から逆算してみよう。

布団から這い出る時間。歯を磨く時間。朝風呂派の人は入浴の時間。ドライヤー、髪のスタイリング、朝食を摂る人は食事の時間。身支度、必要な荷物の確認、靴を履き玄関を出て鍵を締める時間。駅までの道のり。電車の到着時刻。もちろん、下車後はスムーズに階段に辿り着ける車両への乗車はマスト。下車してから会社までの道のり。出勤時間帯のエレベーターの昇降の傾向。他の階でエレベーターを停止させる他の会社の人間と乗り合わせる確率。エレベーターを降りてからオフィスに入り、「おはようございます」と挨拶するまでの時間。

これら全てにかかる所要時間を把握しておき、逆算することで、何時何分まで惰眠を貪ることができるのかが明確になる。ギリギリまで布団の温もりを感じながら贅沢な気分を味わえる。「一部の上級国民たちは、嫌なことを先にやってのけるタイプだから、この温もりと早々におさらばし、既にモーニングルーティーンに入っちゃってるんだろうな。もったいないな、実にもったいない。それに比べてこの布団の温もり。あははん」と、優越感に浸れること間違いなし。

忘れてはならないのは、これは心の筋トレだということ。前述の行為全ての時間を把握していたとしても、何らかのアクシデントに見舞われたり、己のポテンシャル通りの結果を残せないこともある。そうすると、予定の時間が狂い、遅刻してしまう可能性もある。その恐怖とプレッシャーに打ち勝つのだ。それを繰り返すことで、心はどんどんと鍛えられ、何が起こっても動じない、物怖じしない人間が作り上げられるわけだ。

そういえばふと思い出した。初めて営業職を経験した昔の話。強烈に激怒したお客様がいらっしゃり、こっちは大阪で働いているというのに、東京まで謝りに来いと、何とも素敵なクレームを頂戴する機会があった。それも、えらい朝の早い時間帯を指定してこられた。これはまさに嫌なこと。最後の最後まで取っておき、渋々取り組む絶好の機会だ。

限界の時刻まで布団の温もりを味わい、最速で身支度を済ませる。財布の中にあまりお金が入っていないことは記憶していたが、大阪では交通系電子パスが使える。新幹線の切符は持っている。まぁ、なんとかなるだろう。そう思って家を飛び出し、東京へ向かう。お客様は大手町で勤務されていらっしゃるので、東京駅からはひと駅だ。東京では関西の交通系電子パスが使えなかった頃だったので、東京駅から大手町駅行きは切符を買わなければならない。財布を開ける。そこで驚愕。財布の中には、5円玉1枚と、1円玉が数枚しか入っていなかった。切符が買えない。

東京に不慣れな頃だったので、東京駅から大手町まで歩いて行けるなんて知らなかったし、知っていたとしても道に迷う可能性も考えられる。激怒しているお客様の元へ向かうのに、今まさに遅刻の危機が迫っている。どうしよう。どうしよう。

考えた挙げ句──タクシーで行くしかない──そう思いつき、地上まで全力疾走。すると、朝の東京って、こーんなに道路が混んでるんだね。驚愕。捕まえられそうなタクシーが見当たらない。キョロキョロしていると、何車線もある大通りの真ん中あたりに、空車のタクシーを発見した。危険も顧みず、道路を横切りタクシーにたどり着く。乗車し、開口一番、「クレジットカード使えます?」。すると、「だいじょうぶだぁ」の返答。

勝ちを確信したものの、強烈な渋滞で車が一向に前に進まない。やばいやばい。緊張感で汗だくになりながらも、ようやく目的地に着く。渋滞でノロノロと走っていたため、支払いが2千円を超えるほどの高額請求。電車だったら百数十円だぜ。再び驚愕。そして、全力疾走でお客様の元へ向かい、受付に到着。チラッと時計に目をやると、1分前。勝った。当時のビジネスマナーでは、面談の5~10分前には到着しておけ、という慣習があるにはあったが、断じて遅刻ではない。勝った。己に打ち勝った。

そういうことを週に何回も繰り返した結果、心がボディビルダーのようにマッチョになり、何事が起ころうとも一切動じることはなく、物怖じすることもなくなり、日々を快適に過ごせるようになった。ただひとつ、冷静になって思う。嫌なことは先に済ませておいたほうが、平和ではあるよね、ということ。

デタラメだもの。

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エッセイ『デタラメだもの』
エッセイ『デタラメだもの』
  • 44本

デタラメに生きる。デタラメに暮らす。薄暗い世の中をデタラメに生きるための処世術、バイブル。妄想まみれで日常を綴るエッセイです。

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