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どうせなら眠る才能が欲しかった

 コウモリは逆さまに寝るらしい。

 上の写真を見てもらえるだろうか。これは、マントを綺麗に折り畳んで、逆さになって眠るコウモリの写真だ。フリー素材を提供するサイトでダウンロードした。この写真のコメント欄が面白く、「おいおい何だこの写真は! 俺は生まれた時からこんな1枚を待ってたんだよ!(ドイツ語)」や、「待て、待て、待て。ちょっと待ってくれ。今日、俺はとことんツイていない日だった。But、このBatの写真を見たらBadな気分もどこかへ吹き飛んだよ(英語)」といった、なぜかテンションの高い外国人を数多く見かけた。まあ、それは記事に関係ない話なので割愛する。一応触れたかっただけだ。

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なぜ天井にぶら下がるのか。

コウモリが逆さまに眠る理由は至って単純である。飛び立ちやすいのと、外敵から身を守るためだ。どうやらこの生物は脚の筋肉が非常に弱いらしく、地上から空中へ飛ぼうとするとかなりの労力を要するのだとか。そのため、洞窟の天井などに脚を引っ掛け、それを離すだけで宙に浮ける現在の姿へ進化したという。ただしこの情報は、「芸能人の出身校と恋人を調べてみました! 結果はよくわかりませんでした!」という感じの根拠が怪しいサイトで収集したものなので、あまり当てにはしないでほしい。

 ともかく、コウモリは天井にぶら下がったまま眠ることが出来る。

 ここで質問なのだが、皆さんは普段どんな環境で寝ているだろうか。たとえば「豆電球だけつける派」や「1級遮光のカーテンじゃないと寝れない派」、「床に布団を敷くなど考えられない派」、「ストロングゼロ500ml缶を2本ブチ込んでから派」など、睡眠に至る経緯は人それぞれだ。何が正解というのは無いし、各々が快適に眠れる環境を選ぶことが1番だと思う。

 私自身の話で言えば、たとえ1ワットであっても明るさを感じたくない。暗黒の中で眠りたいのだ。だから今の家では雨戸を閉めて寝ている。そうすることで、ただでさえ浅い眠りをほんの少しだけ深いところに連れて行けるのである。

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 睡眠は「X」みたいな存在

 スポーツや音楽や芸能など、他者に対して活動を発表する場があるものは、概ねその才能を数字で測ることが出来る。たとえば大谷翔平氏の盗塁数や、あいみょん氏のYouTube再生回数熊田曜子氏のブログの閲覧数などがそうである。それらは、周囲の人間に対して「私はこの分野でこれだけの数字を積み重ねました。だから、これに関しては才能があります」と述べる際のプロフィールに成り得るのだ。

 だが、究極の個人的な体験――つまりこの場合の睡眠――は、他者に対して客観性を持った正確な数値を提示することが難しい。「俺っていつも7時間寝るんだよ」と言われたところで、それがジムで激しく筋トレした後の7時間なのか、夜勤明けの7時間なのか、はたまたストロングゼロ500ml缶を2本ブチ込んだ後の7時間なのか、判断しかねるからだ。

 なので、睡眠の「才能」を数値化することはやはり困難だ。もちろん、現代には眠りの質をデータにしてくれるアプリや、睡質改善を謳う専門の医院が数多に存在する。しかし、「あなたの睡眠はこんな感じです」と具体的なグラフや数字とともに提示を受けたとしても、それはたぶん、「あなたの外見×ダメージデニム×蛍光色のスニーカーの相性は●●パーセントです」と告げれたときのような、どうも腑に落ちないやりらふぃーな気分を生むだけなのではないだろうか。

自分の才能とは?

 そんな感じのことを、先ほど湯船に浸かりながら考えてみた。その上で思ったのは、自分が所持している才能は、一体何なのだろうということだった。

 世の中には、内野安打の得意な野球選手がいるし、ネジを締めるのが上手い町工場のおじさんがいるし、客の要望通りに髪の毛をカットできる美容師がいる。それらの行為は全て「才能」だ。他人よりも抜きんでた技術を持っているという点で、替えの利かない貴重な存在なのだ。

 では私の才能とは、一体何だろう。どう考えたって他人よりも優れている部分――。一度、お湯で顔を拭って時間を取ってみた。しかし熟考するまでもなかった。答えは1つだった。私は、階段を降りるのが異常に速いのだ。

 たとえばそこに800段の階段があったとしよう。たぶん私は、それを30秒以内に降りることが出来る。「ワシならこの場で7秒以内に全員殺れる」と豪語した、キルアの祖父ほどの自信を持ち合わせている。

 細かい話は難しいので止めにしておこう。まあ、コツは色々とあるのだが、とにかく、私は常人では考えられないスピードで階段を降りることが出来る。これは紛れもない「才能」だろう。単にオリンピックの競技になっていないだけで、仮に「階段降り」が種目入りしたとたん私は金メダル確定である。Nikeから広告起用の打診を受ける未来が容易に想像できる。それほどの圧倒的な才能だのだ。

 しかし私は、そんな才能など全く望んでいない。階段を速く降りることなど、実生活においてまるで役に立たないし、むしろ他人にこの才能を披露するのが恥ずかしいとすら思う。そろそろ30歳を迎えるというのに、階段をドタドタと降りる様を目撃され、後日「わんぱく」などと形容された日には、蛍光色のスニーカーを買ってしまいそうである。

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もし⇔が可能ならば…

 仮に、2030年あたりに、自分が所持している才能と誰かの何かの才能を交換出来るシステムが構築されたとしたら、私は間違いなく「階段降り」と「睡眠」をチェンジしてくれる人を探すだろう。

 私の階段を降りる才能は世界大会の金メダル級なので、睡眠のそれに換算すると「友人宅の玄関前で熟睡」くらいだろうか。いや、それじゃ全然だめだ。インターハイ8位くらいな気がする。きっと「睡眠の才能」のオリンピック金メダルとは、スクランブル交差点の真ん中で、自宅ベッドの上と寸分違わぬ睡眠を貪れる能力を指すのだろう。

 ああ、うらやましい。どうしてそんなに簡単に、夢の世界へ入って行くことが出来るのか。私は今日もどうせ、浅い睡眠なんだろうなあ。明日の目の下の隈幅を想像しながら眠ることにする。   

   この広い世界のどこかに、長い長い階段を、尋常でないスピードで駆け降りたい人はいないでしょうか……。

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