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健康が何より重要なアメリカ生活

テーマ:医療
by 福島 千里

アメリカの医療というと、ちょっと古いがアメリカの高額な医療費や複雑な保険システムを風刺した映画『ジョンQー最後の決断ー』(2002年)やマイケル・ムーア監督の『シッコ SiCKO』(2007年)などを思い出す(色々と極端な内容も含まれるが)。国民皆保険制度がある(その将来性は別として)日本において、こうした映画がどれだけ話題になったのかは定かではないけど、もしちょっとでも関心があればぜひ視聴してみてください。

さて、有名な話だが、アメリカではとにかく医療費が高い。そしてその医療を受けるための健康保険料も高額。国ではなく複数の民間企業が国民の命に関わる事業を牛耳っており、資本主義よろしく自由競争が進み、保険料は年々上がる一方。もろもろがお高いニューヨークでは、この保険料も当然お高い。オバマ政権時に実現した医療保険制度改革をしても、2022年時点で単身者のアメリカ国内平均保険料は月額430ドル(昨今の為替レートだとざっと6万円)を超える。勤め先が保険料を補助してくれればよいが、零細企業や自由業者にとって、今なお医療保険はお手軽なものでは決してない。

医療保険に加入していても、油断はできない。プランによって補償額の上限や細かな制限が異なり、受診ごとに支払う自己負担額もある。さらに医療機関ネットワークの存在がこれを複雑にしている。これはそのプランが指定するネットワークに加入している医師や検査機関、病院でなければ保険が適用されないというもの。それゆえ、常日頃から自分の保険が使える医療機関を確認し、何なら救急車もタダではないので、緊急事における病院までのアクセス方法もシュミレートしておくことが重要だ。もちろん、より高額な保険料を支払えば、こんな縛りもなくなる。この国では金が命を保証しているのだ。

ただ、悪い事ばかりではない。アメリカにはPreventive Medicine(予防医学)の考えが根付いており、健康保険を持っていれば、無料の健康診断を受けることができる。積極的な定期検診で病気を未然に防ぎましょうというものだが、裏を返せば、病気になったら経済的にもタダでは済まないからね、ということでもある。ちなみにアメリカには日本のような手頃な人間ドックもないので(あっても高い)、私は内科から婦人科検診、最近は大腸がん検診まで、保険内でカバーできるものはフル活用している。

アメリカの医療で悩ましいのはお金のことだけではない。市場には様々なプランが存在するため、それを処理する病院側とのトラブルもつきものだ。

個人的体験では、10年ほど前に原因不明の胃痛と悪心に悩まされ、夜も眠れぬ日々が続いた。ただちに命に関わるような状況ではなかったため(いや、それなりに苦しかったけど)、ERに行くかどうか散々悩んだ挙句、我慢できずに夜も明けぬころ、夫を起こして隣町のER(救急救命室)に駆け込んだ。幸い人も少なく、即座に応急処置をしてもらい、会計窓口では保険証を提示した上で、自己負担金の100ドルを支払った。

(後日、病院の勧めで専門クリニックで人生初の胃カメラ検査を受けたところ(ちなみにアメリカでは全身麻酔なので苦痛なし)、逆流性食道炎であったことがわかった)

問題は体が回復した頃に起きた。ある日、自宅ポストに1通の封書が届いた。開封してみると、なんと病院からの請求書ではないか。それによると、“お手持ちの保険が適応されなかったので、ERでの処置費1500ドルを近日中に支払うべし”というものだった。

えええ、保険が使える病院だと事前に確認したはずなのに、マジか!

慌てて保険会社に連絡するも、「病院側の間違いよ。ちゃんとプランでカバーされてるから大丈夫。病院にはうちから連絡しておくから、請求書は無視していいわよ」とあっさり。しかしその後も病院からの督促は続いた。双方に事情を説明し、お互いに確認しあってくれるようお願いするも、どうも話は平行線のままらしい。

それから半年。状況は一向に改善せず、我が家には病院からの督促状が送られ続けた。そしてついには法律事務所からの書状まで届いた。「医療費を早急に支払え。さもなくば法的手段に移行する」といった内容で、これにはさすがに私も焦り、捲し立てるように保険会社に問いただした。最終的には病院の事務による手違いだったことが分かり(遅い)、以後、病院からの執拗な請求、そして法律事務所からの脅しめいた書状も無くなった。

・・・と、今思い出してもとんでもない労力だった。本当、アメリカの健康保険は高い上に複雑で、利用者のみならずそれを取り扱う病院側も時に混乱してしまうのだ。そしてこの状況はすぐには解決しない。だから、アメリカで心穏やかに暮らしていくためには、経済はもちろんだが、健康が何よりも重要なのだ。そしてできることならば、病院のお世話になってはいけないのだ。


◆◆福島千里(ふくしま・ちさと)◆◆
1998年渡米。ライター&フォトグラファー。ニューヨーク州立大学写真科卒業後、「地球の歩き方ニューヨーク」など、ガイドブック各種で活動中。10年間のニューヨーク生活の後、都市とのほどよい距離感を求め燐州ニュージャージーへ。趣味は旅と料理と食べ歩き。園芸好きの夫と猫2匹暮らし


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