P224. 作品紹介『マイバースデイ』
俺達が生きてるこの時間には、平行して存在する別の世界があるという。
パラレルワールド
あの時あの選択をしていなかったらどうなっていたのだろうとか
この人と出会わなければ今の自分は無かったとか。
想像しうる全てのことは、同時に別次元の自分が歩んでいる道なのだ。
だとしたら俺は全ての選択に失敗した自分という次元を生きているのかもしれない。
大学受験は試験前日の徹夜の勉強が祟り、当日に高熱を出して大失敗。
辛うじて入った会社では危険な薬品の流通をやらされることになり、ようやくできた彼女が実は海外から派遣されたスパイ社員という噂を耳にしたばかり。…思えば俺が食中毒にかかった時、一緒にいたのも彼女だったな。
それなのにまだ、彼女と別れられないでいる
だって、こんな俺を唯一必要としてくれてる人だから。
この選択もいつか大きな失敗として襲い掛かってくるのだろう。
でもそんなのは、もう慣れっこだ。
☆コンコン(ドアノック音)
ん・・彼女が来たのかな?俺がドアを開けるとそこに立っていたのは・・
「よう、俺」
・・・これは夢でも見ているのか?
そこに立っていた男は、髪型もしっかりセットされてるしカッチリしたスーツの似合う、爽やかな香水の香りがする・・・似ても似つかない身なりだが、確かに俺だった。顔が、どう見ても俺なのだ。
「俺はお前だよ。もうわかってるだろ?」
確かに言われずとも察しは着いた。
多分コイツは、全ての選択に成功した次元の俺なのだ。
「本当はこういうことしちゃまずいんだけどな。もうすぐ彼女がお前を殺しにやってくるぜ。」
・・・理解が追いつかない。
いや、追いつきたくもない言葉だった。
いくらなんでもあんまりじゃないか。
今日は俺の誕生日だ。自分が誕生した日に、なり得なかった自分の姿を見せ付けられた挙句、彼女に殺される?
「彼女はお前の管理する薬品データの入ったUSBを奪い、お前を毒殺にかかるだろう。何があってもUSBを渡すな、そして食べ物も口にするんじゃない。忠告はしたぜ。死ぬなよ?それじゃあな」
そう言って、もう一人の俺は扉を閉め、音もなく去っていった。
今まで何度も選択を失敗してきた
ここは、ここだけは本当に失敗しちゃいけない
だからこそパラレルワールドの俺も忠告に来てくれたんだろう。
逆にここを乗り越えれば「全てを失敗する次元」から抜け出せるはずだ。
☆コンコン(ドアノック音)
彼女が、やってきた。
「おはよー。あれ、珍しいね、もう着替えてたんだ。新しい歳はねぼすけ君も卒業かな?・・・あはは、ごめんて。お誕生日おめでとう!」
俺からUSBを奪えば、祖国の上司から褒められるから嬉しいのかな?
満面の可愛らしい笑顔で、俺におめでとうと言ってくれた。
・・・この可愛い笑顔を、もう一人の俺は見ていないのかな。
スパイだと分かった時点で彼女と別れていたら、この笑顔には出会えなかった・・・?頭がおかしくなりそうだ。
訳もわからず俺は、思わず声をあげて笑った。
「どうしたの?私、何か変なこと言った?」
いや・・可愛い笑顔だなと思ってさ。
「今更気づいたの~?・・ふふ、ありがと。はい、これ誕生日ケーキ。
ちょっと形悪いけど、チョコレートケーキ作ったの」
ありがとう。
例えチョコレートに混ぜたのが愛情ではなく、毒だったとしても・・
「あ、そうだ。悪いけどちょっとUSB貸してくれないかな?ウチのパソコン調子悪くて読み込まなくて。他のデータなら読み込めるか試したいの」
良いよ、貸してあげる。俺は彼女に薬品データの入ったUSBを渡した。
彼女と出会ったあの日。
実験室で泣いていた彼女を見た時、どうしても助けたいと思ってしまった。
あの選択こそ、一番の間違いだったんだろうな。
あのさ・・・一つ頼みがあるんだけど。
ケーキ、一緒に食べようよ。
「え・・・うん、勿論食べるよ?でもこういうのは主役が最初に食べて感想教えてくれないとさ」
そっか、そうだね。
じゃあ、先にいただくね。
・・・でもその前に伝えたいことがあるんだ。
君は以前、俺を殺してデータを奪おうとしたことがあったよね?
あれは決して実験用マウスに与える薬品が混入してしまった事故なんかじゃない。俺はそう思ってる。
でも、それでも君は、あの日みたいに泣いたりしなくなって、俺の前では本当に可愛い笑顔を見せてくれるようになった。俺はそれで充分なんだ。
出会ってくれて、俺と一緒にいてくれて、本当にありがとう。
・・なんか、死ぬみたいだね。
ごめんて、ケーキありがとう!
いただきます。
ケーキを口に運ぼうとしたその瞬間、彼女が俺の手を叩き、ケーキは床に落ちた。
「あ・・・ごめん。やっぱり、ケーキの形悪すぎて恥ずかしいや。また焼きなおすから、そしたら一緒に食べよ。床、汚しちゃってごめんね。ちゃんと掃除するから・・私・・・」
ポタポタと、彼女の涙が床に落ちた。
パラレルワールド
平行して存在するもう一つの世界では、想像もつかない自分の姿があるのかもしれない。
そんなことを思いながら、彼女をギュッと抱き寄せた。
マイバースデイ。
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