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増富温泉 湯治日記①【8月にしか行かない宿 三英荘】

女将 「ちょっと丸くなったんじゃないかい?」
私  「去年やつれてたから」
女将 「でも、ちゃんと歩けるようになったじゃないか」
私  「ええ、手摺を使わなくても階段上れるようになりました」
   「女将さん、記憶力がいいですね。うちのばあちゃんなんか、すぐ忘れちゃうから」
女将 「毎日日記を付けているんだ。ミミズみたいな字でね。ボケ防止」
私  「それは凄いね」

 
 ここは山梨県北杜市の増富ますとみ温泉。この地から湧き出すのは、言わずと知れた世界屈指のラジウム泉。鉄筋の旅館が並ぶ温泉街において、最も小さい宿である「三英荘」に、私は還ってきた。
 ちょうど一年振りの再会。私は85歳の女将さんが、ハッキリと旧年のことを覚えていることに感嘆した。

 初めてここに来たのは5年前。まだ病名は判明していなかったが、激痛を伴う身体の不調に堪えられずここを訪れた。整形外科を始めとして、あらゆる病院を回り尽くしての上でだ。

 増富温泉と言えば筆頭は隣の「不老閣」。
何度か宿泊をしたこともあるが、予算の問題もあり長く足が向かない。また単純に私が「小さい宿」を嗜好としているという理由もあり、三英荘に落ち着いている。

 この宿に引湯されている源泉は、この街に住む方が口を揃えて一番良いと言う。嘗ては少し離れた山の斜面に蛇口があり、そこからこの源泉が出たそうだ。湯治客はそれを汲み、村の方は常飲していたらしい。

 現在は保健所からの指示により、栓が切られてしまい採泉は出来なくなっている。その湯元を守っているのが三英荘だ。
 数十年前、前面道路の拡幅工事に伴い、旅館を取り壊しセットバックに応じたそうだ。その交換条件として、分湯していた湯元を独占で手に入れたという。因みにこの源泉、口に含むと胃袋ごと吐き出したくなるほど不味い。

 
 昨年の八月、私は大学病院での検査の間隙を縫い、この宿で一週間の湯治をしていた。だが滞在期間中に災害級の大雨が列島を襲い、避難勧告が出たために志半ばで湯治を終えた。

 土砂降りの雨の中、去り際に「俺のこと忘れないでよ、忘れたてら怒るからね」と、女将さんに言い残したのだった。

 
 逗留の後に大学病院で採血をすると、社会人になってから常時異常値を記録していた白血球数が正常になっていた。単純に湯治による因果律は証明できないのだろうが、それ以外に思い当たることはない。

女将 「前回と同じ部屋だから、あとは説明しないよ」
私  「大丈夫。風呂は毎日、7時と15時と20時に入る」
女将 「はいよ、夕飯はどうするんだい?」
私  「村松(※村松物産店、街の中心にある食堂兼お土産屋)に頼んでみる」
女将 「たぶん作ってくれるよ。せっちゃん(大女将)は働き者だから」

  
 この宿には一般的な旅館とは異なる規律がある。
湯に入る時間を決め、入る前と出た後に必ず女将に声掛けをするのだ。源泉が冷鉱泉のため、源泉浴槽と別に上り湯(水道水をボイラで加温)を女将さんが作ってくれるのだ。

 こちらの源泉、肌触りは大したことはないが内側からの湯の刺激は強烈で、長湯をしていて倒れてしまう人もいるという。心配性な女将さんに湯上りに声掛けをしないと、一階の浴室まで探しに来てしまうのだ。

 居間の前を通る際に「出ましたよー」と発声すると、女将さんは「はいよー」と答える。ここまでがルールとなる。

 
 源泉の温度は実に22度。サウナの水風呂が17度くらいなので、恒常的にサウナ利用している方や、冷鉱泉好きからすれば許容範囲だろう。だが「気持ち良い温泉」と期待して来訪する方は冷たくて入浴できないという事態になる。

 増富温泉の東には日本百名山の瑞牆山があり、近くにキャンプ場もある。「水風呂だっ!」と言って、源泉に浸からないハイカーさんは少なからずいるそうだ。

 私も治療のためならと激湯も耐える覚悟はあるが、流石にここは8月にしか湯治をしない宿、否、できない宿である。

 
女将 「うちの娘は上がり湯なんか使わないよ」
私  「ええっ!??」
女将 「シャワーでサッと流して、ずっと源泉に浸かっている」
私  「(苦笑)」

 この湯で育った方々は骨の髄まで冷鉱泉が染み付いているのだろう。
因みに女将さんは85歳になり五十肩と診断され、村松物産店の大女将は病院で骨密度測定をしたところ、実年齢のマイナス30歳を記録したという。

 さて、これから一週間の湯治。この源泉の真贋を、この五体で確かめたいと思う。

つづく

                           令和4年8月10日

歓迎か、、湯治だけどな
去年と全く同じ部屋
エアコンなしだが標高1,000m ギリギリ耐えられる
宿の横にある童
総本山の不老閣と右は金泉閣
4部屋あるが今は1組?しかとっていない模様

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