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八月の湯治④【最も効く温泉】

<前回はこちら>

 三英荘の温泉の利用方法は少し変わっている。所謂や旅館やホテルの大浴場とは違い、ほぼ「家風呂」だ。
 事前に女将さんに入りたい時間を伝えておき、そのころが近づくと、「お風呂できたよー」、と女将さんが呼びに来る。

 ここの源泉は21度の冷鉱泉。源泉浴槽の横に一人用の上がり湯がある。
水道水をボイラで加温し、適温に調整する必要があるのだ。入浴時間帯の前に女将さんがスイッチを入れ湯を作る。入りたい時にいつでも入れる訳ではない。

 しかも入浴は21時まで。他の客がいると基本は一日60分1本勝負となる。治療・施術に近いイメージだ。観光気分でこちらに来ると驚くだろう。

 今回は他の客はおらず完全貸切だ。ファーストダイブの際に女将さんに一つお願い。

私  「ボイラの使い方分かりますよ。自分で作ります。」
女将 「そうかい。じゃ、お構いしないよ」
私  「大丈夫です。では朝昼晩と入って良いですか?」
女将 「いいよ。でも入る時は声かけてね、一人だと危ないから」


 女将さんが杞憂しているのは、「ヒートショック」。
厚生労働省が発表する浴室での死亡事故、年間何と19,000人。これは交通事故による死亡者6倍に上る。主に血管が弱くなった高齢者が、湯に浸かり血圧が急上昇し心肺が停止するというもの。
 
 大浴場であれば他の客が気付くが、ここには私と女将さんしかいない。
心肺が止まれば一刻一秒を争う。私が勝手に湯に入り、万が一のことがあっても女将さんを困らせてしまう。

 風呂に向かう際に女将さんの部屋の前を通る。

私  「すいませーん、お風呂行きまーす」
女将 「はいよー」
  
 必ずこのやり取りが発生する。


 地下への階段を降り脱衣所へ、浴槽への扉をオープン。
相変わらずエグみのある色と香り。多勢が好むとろみやツルスベ感のある湯とは対極。鉄錆の様な湯の花が浮いており、金気臭に茶褐色。

 失念している湯もありそうだが、「八塩温泉 神水館」、「下仁田温泉 清流荘」(群馬県)、「毒沢鉱泉」(長野県)、「七里田温泉」(大分県)なども似たような色香だったような。 

 それぞれ良さがあり、順位を付けるのは無粋だ。だが「効き」だけに関して言うと、増富の右に出る湯はない。

 今夏、長期で滞在した「磐梯熱海」と「大塚温泉」。共に湯治効果は抜群。無色透明の温湯に毎日4~5時間浸かりじわじわと効かせる。これらを「柔」とすると、増富は「剛」。

 まずは加温風呂で身体を暖める。CHOFUのボイラのスイッチを捻り、ちょっと熱めの44度ほどに調整。頭皮から汗がポタポタと流れたのを確認し、源泉浴槽へと逝く。

 21度はほぼ水風呂、腹を決め一気にダイブ!

 「・・・」

 10秒後。

 「うおっ!!」

 誰もいない浴槽で思わず一人声を上げる。内側から、ガツンと効いてきた。 この感覚だけは、増富以外では味わえない。日帰り施設も含め、他の宿の湯も浸かったことはあるが、私の経験では三英荘が最も効く。
 
 裏の山から湧出した源泉は、この宿が独占保有。毎分湧出量は6ℓと細めだが、小さい湯船である上他の客が出入りしない。極めて「贅沢」な湯遣いだ。 
 
 追撃でやらねばならぬは「飲泉」。
備え付けの銀コップに湯を注ぐと、ウィルキンソンの様に表層にパチパチと気泡が上がる。この湯は天然の炭酸も含んでいるのだ。
 これが超トラウマ級の不味さ。飲み込んだ瞬間胃袋ごと吐き出したくなるほど。だが飲泉効果が高いラジウム泉、毎日3回必ず飲む。
 
 放射能泉は別名「痛風の湯」と呼ばれる。飲泉により体内に入った放射能(ラドン)は、2時間程血中に滞留した後、肺を通り自然と呼気や尿から排出される。この際に、体内の尿酸などが出やすくなるそうだ。
 
 女将さんも毎日飲泉しているらしく、「最近は薄い」と仰せ。冬場は色がどす黒くなり、女将さんでも飲みにくいという。月岡温泉(新潟)、毒沢鉱泉(長野)も不味かったが、私の中ではこちらの方がキツイ。

 
 この湯に9時、14時、19時と毎日3回、交互浴で1時間を3セット行う。
2日目の朝、もう既に身体は到着前より軽くなっている。


女将 「しかしあなたよく入ってるわね。飽きないの?」
私  「飽きるも何も、これが治療ですから」
女将 「そうだったね」


                         令和3年8月9日

モモが風呂場まで付いてくる
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茶褐色の源泉 鬼ほどマズい

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