二令二鈴のゆくえ【 #2020のゆくえ】

・・・
・・・
・・・

一礼

え～、相変わらずのところでお付き合いを願いますが...
落語界隈では、お客の懐（ふところ）を取り込もうという願いが込められているそうで、
泥棒噺は縁起がいい噺とされているわけでして、
それにあやかって本日は『二令二鈴のゆくえ（2020のゆくえ）』ってぇ小噺なぞ一席させて頂きたいと思います。
本題に入る前に、このお題にもある「令」の字でありますが、「令和」て現在の元号にも使われている「令」の字てのは令しい（うるわしい）、令い（よい）という意味を持っているそうでして。
今年もまだまだ色々な事があるとは思いますが「令」の字に似つかわしく,「令い」時、「令い」年を過ごしていきたいものです。
それでは、お噺の話しに戻りまして、

舞台は江戸。

師も忙しなく走る、年の瀬。
一軒家に住む、仲睦まじい夫婦の家に泥棒が忍び込むとこから始まります。
それではマクラは、この辺にして『二令二鈴のゆくえ』はじまりでございます。

一礼

泥棒：「よし、この家が良さそう、大きいし誰も居ない…」

動作：びくびくしながら戸を開け、家の中に入る泥棒。銭になりそうな衣類や小物を風呂敷に手際よく詰めていく。作業途中に炊事場に目をやると窯を炊いているのを見つける。

泥棒：「窯が焚きっぱなしってことは、すぐ誰か返ってくるかも」

音♪：ガタッ（玄関戸から）

泥棒：「家主が帰ってきたんだ。早く逃げなきゃ」

動作：すぐさま、裏口から逃げようとするも、立て付けの悪い戸に阻まれる泥棒。

泥棒：「ん、ん～開かない、しょうがない。襖の奥に隠れよう」
　　　
動作：仕方なく襖の奥に逃げ込むが、焦って玄関に風呂敷を置き忘れてしまう。

泥棒：「しまった！風呂敷を忘れた」

音♪：ガラガラガラ（玄関戸を開ける音）

主人：「おーい帰ったぞ、お鈴、居らんのか？おーい」

動作：玄関に置いてある風呂敷に目をやる主人。不自然に置いてある風呂敷を訝しむ

主人：「ん？なんでこんなところに風呂敷包みが？」

動作：辺りを見回すもお鈴も見当たらずそろそろと風呂敷を開けて中を見る主人。

主人：「これは、お鈴のお気に入りの服ばかり…」

動作：何か思案する主人

主人：「ま、まさかお鈴のやつ知らぬ間に間男を作って、荷物をまとめて駆け落ちしようとしとるんか！！」

動作：怒る主人。ちょうど悪く、妻のお鈴が帰ってくる

音♪：ガラガラガラ（玄関戸を開ける音）

お鈴：「只今、あんた」

主人：「おまえ、そんなほかほか顔でどこ行ってたんだ！！」

お鈴：「やあね～そんな怖い顔して、幽霊でも見たんですか？夕餉時に。あたしはお夕飯の準備が出来て時間があったから、ちょっと湯屋まで行ってきたんですよ～」

主人：「俺が見たのは幽霊でも夕餉でもねぇ。風呂敷だ！っどうせ間男だろぉ」

お鈴：「まおとこ？ままごとじゃあるまいし」

動作：笑うお鈴、それを見て怒りを増す主人

主人：「じゃあこれはなんだ！お鈴のお気に入りの服や小物ばかり包んだ、この風呂敷は！」

お鈴：「知らないですよ」

主人：「知らぬ存ぜぬか！」

お鈴：「ホントに知らないんですよ」

主人：「くっくぅ、出て行きたければ、出て行けっ！」

動作：一方的に捲し立てられるお鈴が風呂敷の中身を確認し、何か考えつく

お鈴：「あんた、そんなに怒って何か誤魔化そうとしているんでしょう！」

主人：「誤魔化そうとしてるのは、お鈴だろう！間男なんかに胡麻すってすり寄りやがって！」

お鈴：「そりゃ胡麻はすってますけどね。朝餉と昼餉と夕餉で何回も！あんたん為にね！って、はっ？！今わかったわ。あんた、あたしの知らぬ間に女をこしらえてたんでしょ！」

主人：「はぁ？！」

お鈴：「密かにその風呂敷包みをお気に入りの女に贈ろうと見繕ったところに、頃合い悪くあたしが帰って来たもんだから、怒って誤魔化しているのでしょう。このろくでなし！」

主人：「お、おま…」
お鈴：「阿呆！」
主人：「阿呆？この馬鹿野郎！」
お鈴：「野郎はあんたでしょ！大馬鹿野郎！」

動作：お鈴が泣き出し、早口で主人を罵倒する。おろおろし始める主人。二人とも興奮と動揺で持っていた灯りを落としてしまい、灯りが消えて、家の中が真っ暗になる　　　

＊＊＊暗転＊＊＊

主人とお鈴：「あっ！灯りが消えちまったよ」

泥棒：「しめた！盗みは失敗したけれど、お縄になるよりはまし！この暗闇に乗じて逃げよぉ」

動作：辺りが真っ暗になり、二人とも少し冷静さを取り戻す。

主人：「あ痛っ」

お鈴：「あんた、大丈夫かい？」

主人：「ああそれより火ぃ点けんと…」

動作：暗闇の中、手さぐりで提灯を探す主人

主人：「え～っとどこだ、どこだ？」

お鈴：「ちょっと！あんたどこ触ってんの！」

主人：「おっと、こいつぁいけね提灯と間違えちまった。おっきな提灯が二つ。へへっ」

お鈴：「へへっ、じゃないわよ。わざと間違えてんじゃないよ！」

動作：引っ叩かれる主人。

主人：「あ痛っわざとなわけあるか。何も見えてねぇって」

お鈴：「どうだか」

主人：「減るもんじゃねえし、こちとら今まで何度も触れてきてら」

お鈴：「何言ってんだいあんた。恥ずかしい！」

主人：「それよりお鈴こそ、大事ないか？」

お鈴：「あたしは大丈夫だよ、心の痛み以外は」

主人：「それはこっちの台詞だ…」

動作：小さな声で呟き、提灯に火を灯しなおす主人。辺りが明るくなる

＊＊＊明転＊＊＊

泥棒：「あっ！」

お鈴：「あんた、やっぱり…」

主人：「なんだよ」

お鈴：「隣にいるその女の子は誰なんだい！！」

主人：「女の子？おわっ！誰だおめぇ」

動作：逃げようとしていた泥棒が頃合い悪く、主人の隣で見つかってしまう。

お鈴：「実物を目の前にして、しらばっくれんじゃないよ！」

主人：「待て待て。ほんとに知らん！」

お鈴：「こっちには証拠があるのよ、その娘っていうね！このすっとこどっこい！」

主人：「すっとこどっこいって…」

動作：おろおろする主人

お鈴：「そんな年端もいかない若い娘に走るなんて、あたしは、あたしは…」

主人：「おい…お鈴ぅ」

お鈴：「長いこと連れ添ってきたのに、ひどい…」

主人：「俺が好いてるのはお鈴だけだぁ」

お鈴：「何を今更…」

主人：「本心だってぇ」

お鈴：「そんな調子良いこと言っても無駄よ！」

主人：「お鈴ぅ俺んことはおまえが一番、よく分かってるだろ？」

お鈴：「今何言われたって嬉しくないよっ！」

動作：二人の言い合いを見兼ねて、逃げる事も忘れ仲裁に入る泥棒。

泥棒：「お、お待ち下さい。この風呂敷包みは、私が作ったものです」

主人：「おめぇさんのかい？」

お鈴：「あんた、そんな暢気なこと言って中身は家のもんだよ」

泥棒：「ぬ、盗みに入りました。すすみませんでした…」

主人：「おう、誰かと思えば泥棒さんかい」

動作：泣きながら謝る泥棒

お鈴：「あんたが女つくったわけじゃなかったんだね」

主人：「おうよ、間男でもなかったな。すまね、お鈴」

お鈴：「あたしの方こそ」

主人：「これで胸のつっかえもとれるってもんだ！俺らは今も熱々ってぇことだな。はっはっはっ」

お鈴：「ほんと、良かったよあんた」

主人：「それで、だ。おめぇさん。そんなに泣いてると、せっかくの可愛い顔が台無しだ」

お鈴：「あんた、そんなこと言って、また新たな火種をつくる気かい？」

主人：「滅相もねぇ。おれにとっておめぇが一番令しき（うるわしき）人よ」

お鈴：「まぁ、そんなお世辞言っても、何も出ないよ」

主人：「それより、俺らが言い合ってる隙に逃げればいいものを…良い泥棒だなこりゃ」

お鈴：「根は正直で優しい子なんだろね」

泥棒：「ごめんなさい…ごめんなさい」

主人：「結局、何も取られてねぇみてえだし、俺たちの仲も取り持ってくれたしな」

泥棒：「…ごめんなさい」

お鈴：「色々大変だったんだろ？分かったから、もう謝るのはおよし」

音♪：ガラガラガラ（玄関戸が開く音）

息子：「ただいま、父ちゃん母ちゃん年の瀬だから帰って来たぞ」

主人：「おう！おけぇり」

お鈴：「お帰りなさい」

息子：「ただいま」

主人：「ちょうどいい頃合いに帰って来たな息子よ」

お鈴：「帰れないかもって聞いてたけど、帰れたんだね。嬉しいよ」

主人：「おっと喜びで忘れちゃいけね。息子よ、入る時はちゃんと戸締りしてくれよ。年の瀬に泥棒が入るといけねぇからな」

お鈴：「ふふっあんた、泥棒なら、もう家の中だよ」

主人：「はっはっはっ！そうだった」

息子：「父ちゃん、その方は？」

主人：「これも何かの縁だ。おまえの嫁にどうかと思ってな」

お鈴：「…そんなこと言い出すんじゃないかと思ったわよ」

息子：「何も聞いてないけど、いつからそんなこと考えてたんだよ」

主人：「今に決まってるだろ？」

息子：「えぇ今？！急な話だな」

主人：「息子は、器量は良いが要領が悪くてな。あんたみたいなのと一緒になればいいと思ってたわけよ。顔も俺に似て悪くねぇと思うが、どうだい？」

お鈴：「あなたみたいに度胸があって素直で器用な娘が隣に居てくれたらね」

泥棒：「…」

主人：「暗い昨日より明るい明日ってな！」

お鈴：「あんたのそういうとこ、好きだよ」

動作：息子が泣き止んで、目の潤んだ泥棒を見る。

息子：「ななんと、見目令しい（みめうるわしい）…」

主人：「おっ？！息子の反応もまんざらじゃねーみてーじゃねぇか？」

お鈴：「あらほんと、ほの字だね」

息子：「ぼくの名前は寛太。あなたのお名前を伺っても？」

泥棒：「…お鈴（おりん）でございます」

動作：女泥棒（おりん）もまんざらではない仕草で恥じらう。

息子：「おりん、さん…令い（よい）名だ」

主人：「もしかして、りんの字は、鈴生りの「鈴」の字かい？」

泥棒：「はい…そうでございます」

主人：「そんじゃ、お鈴とおんなじ字だな」

お鈴：「あら偶然！」

主人：「『お鈴（おすず）』に『お鈴（おりん）』かぁ！こりゃあ令い（いい）まさに鈴生りだ」

動作：息子が女泥棒（おりん）の手を掴む

息子：「すぐ祝言を！あっいや、ゆっくりで構いません。ぼくのことを知って、好いていってほしい」

泥棒：「こんな…いいんでしょうか…ウチ…」

主人：「遠慮するこたぁねぇ！若い者同士、好きにやったらいいさ」

動作：もじもじしながら色々思案する女泥棒（おりん）

泥棒：「…こんなウチで良ければ宜しくお願いします」

主人：「かぁ～！初々しいねぇ」

お鈴：「なんだか若い頃のあたしたちを見てるみたいだねぇ」

主人：「盗みは失敗したが、息子の肝はしっかり盗られたな、こりゃ。はっはっはっ！」

お鈴：「そうみたいだね、ふふふ、盗られて嬉しいものもあるんだねぇ」

主人：「こんな泥棒噺ができるたぁ、年の瀬からみんな集まって縁起がいいや、こりゃ」

動作：手をパチンと鳴らす主人

音♪：ごーん。ごーん。ごーん。

主人：「おっ……増上寺様の鐘が鳴ってらぁ」

お鈴：「夕餉もまだなのに、もう除夜かい……」

主人：「ありがてえなぁ。色々あったが、きっと令い（よい）正月が来るよ」

お鈴：「盗られず獲られた『幸せ』ね」

おあとがよろしいようで...

一礼

＊＊＊

【編集後記】

ちょ、ちょ、ちょ。
繰り出される手刀の数々。
通ります、通ります新参者が通ります。
ということで新参者が失礼致します。
今回の『二令二鈴のゆくえ』ですが心灯杯☆へのエントリー作品として作成しました▼

テーマは『２０２０のゆくえ』でしたが、勝手に極大解釈して、

２→二（に）
０→令（れい）
２→二（に）
０→鈴（れい）

と置き換えました（笑）
またシナリオ形式ということでしたので、物語・小説・日記とは勝手が違い、分かりにくいところも多々あったかとは思いますが、ご了承頂ければ幸いです。
お噺は古典落語「締め込み」等を参考にさせて頂いております。そのほかアレやコレやも。
２０２０年はまだ終わっていませんが、今年のしょっぱなから皆さんご存知のアレや！アレや！！アレが！！！世界中に蔓延し、大変なことになりました。
リモートワークや自宅待機など生活習慣や様式がガラリと変わった方も多くいらっしゃるかと思います。

そして、ヤツは今も現在進行形ではありますが…

２０２０年から２０２１年。

今年も残すところあと4ヶ月ちょっと。

これからでも状況が上向きに、良い方向にゆけばという願いも込めて今回のお噺を考えました。
あとどうでも良いことですが、
今年は令和２年ということでタイトルの中にギミックとして

『二（令二）鈴のゆくえ』

（令二）となるようにしているんですよ(ﾟдﾟ)！そうです作者の勝手でチープなお遊びです(笑)

ふっと鼻で笑ってやって下さいな(*´ω｀*)

今回のお噺、ちょっとでも良いなと思って頂けた方、「おお東風」って感じで軽く「スキ」、「フォロー」も宜しくお願いします！

それでは、最後までお読みいただきありがとうございました。

ー東風塔子ー

※（補足）

主人：お鈴の夫
お鈴：お鈴（おすず）・妻
泥棒：お鈴（おりん）・女泥棒
息子：主人とお鈴（おすず）の間にできた息子
動作：登場人物の行動・動作
音♪：外音などなど