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東京大学2000年国語第1問 『社会哲学の現代的展開』加茂直樹

 東大国語の大問の数がそれまでの7から4に減った最初の年の最初の問題である。(この変化は二百字問題とよばれた旧第二問がなくなったこととあわせ、「東大国語の人間宣言」とされる)
 いわば、様子見ということもあったのかもしれないが、全体的にわりあい解きやすい問題であると思う。

問題文はこちら

(一)「すべての事象は等しく自然的である」(傍線部ア)とはどういうことか、説明せよ。
 傍線部アは第3段落の最後の文であり、第3段落の結論が述べられている。したがって、第3段落全体を要約すれば足り、きわめて明快で、かなり易しい設問である。もっとも、字数に限りがあるため、どこをとり、なにをすてるかが問題である。
 まず、「近代の自然科学的な見方からいえば」という前提条件と、「人間が自然にどのような人為を加えても、それは自然に反するものでは」ないという帰結は必須である。
 また、本来は「自然」と「人為」が対照的な概念であることを前提に、本設問においては、前者は「それ自体としては価値や目的を含まず、因果的・機械論的に把握される」ことに加え、後者が前者の一部分であり、この二つが区別されないということが主張の眼目である点を明示することが重要だと考える。
 以上から、次のような解答例ができる。「近代自然科学の観点では、自然は因果的・機械論的に把握され、その一部分に過ぎない人為がどう加えられても無価値のままだということ。」(63字)

(二)「元来は没価値的な概念であり、人間との関連づけによって初めて守るべき価値を付与される」(傍線部イ)とあるが、どういうことか、説明せよ。
 傍線部イは、第3段落と第4段落のまとめである。前半の「(自然は)元来は没価値的な概念であり」が第3段落の趣旨であり、後半の「人間との関連づけによって初めて守るべき価値を付与される」が第4段落の趣旨である。
 そして、自然に「守るべき価値」を付与する「人間との関連づけ」は、抽象論としては「広義の自然の内部において人為だけを特別のものとして位置づけ、自然の価値評価をする」として説明されており、具体論としては「人間の守るべき自然は、手つかずの自然ではなく、人為が加えられて人間が生存しやすくなった自然である」と説明されている。
 以上をまとめると、「自然科学的にみれば無価値である自然が、守るべきとされるのは、人間が生存しやすくなる程度に人為を加えられた場合に限られるということ。」(65字)という解答例ができる。

(三)「個人の生命の尊重という人間社会の倫理を動物の個体に適用することが、かえってその動物種の破滅を招くというようなことも起こりうる」(傍線部ウ)とあるが、それはなぜか、説明せよ。
 
傍線部ウは生態系について説明する第6段落から第10段落の中の一文であり、生態系という概念が単純でないことの説明の一つである。
 第9段落には、「生態系を形づくっているのは」、「個のレベルではほとんどが弱肉強食の関係」であり、「生態系の安定と平衡は」、「弱肉強食を主体とする食物連鎖によって成立している」とある。
 生態系と動物種の関係については、第6段落に「人為によりエコシステムに過度の干渉が行われると、生物種を絶滅させたり、さらには生物が生存できないような環境を作り出してしまう」と書かれている。
 したがって、弱肉強食(の否定)→食物連鎖(の不成立)→生態系の安定と平衡の崩壊→生物種の絶滅、という流れがあることがわかる。また、この前三者は「人為によりエコシステムに過度の干渉が行われる」ことと同義であり、また、特に弱肉強食の否定は、傍線部中の「個人の生命の尊重という人間社会の倫理を動物の個体に適用すること」と同義である。
 以上より、例えば、「人間の生命尊重倫理を動物の個体に及ぼすと、弱肉強食を主体とする食物連鎖に反するので、生態系への過度の干渉となり種の絶滅や生物が生存環境の破壊を招く恐れがあるから。」というような解答としての一案ができあがる。
 しかし、この文の末尾の「から」を「ということ」に置き換えると、設問(三)が「なぜか」ではなく「どういうことか」であった場合の解答になってしまう。理由が問われている問題では、傍線部に含まれている要素はなるべく省略すべきである。単純な例で説明すると、「『AはBである。』とあるが、それはなぜか。」という問題があり、Cがその理由だとすると、「AはCなのでBであるから。」と書くのは冗長である。「AはCだから」、あるいは「Cだから」で十分なはずである。
 したがって、さきほどの一案の冒頭にあった「人間の生命尊重倫理を動物の個体に及ぼすと」の部分は不要であり、文末も「絶滅や生存環境の破壊を招く恐れがあるから」ではなく、「生態系への過度の干渉となる恐れがあるから」の方が適切である。
 
したがって、「自然界の弱肉強食の否定は、食物連鎖の断絶につながり、種の絶滅や生物の生存環境の破壊を招く生態系への過度の干渉となる恐れがあるから。」(65字)という解答例ができあがる。
 なお、全体を解き終わってみると、この設問(三)への答えが、設問(五)を解くうえで、文中に明確には示されていない結論を導くヒントになっていることがわかる。

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