「精神障害」について最近思ったことを書き出した記事

同僚に障害者手帳を持つ方がひとり増えた

自分の精神障害を理解しており
できないところよりできるところを頑張る
と宣言したうえで仕事をがんばっているそうだ

できるところをがんばっているので
周りがやらないことを
給料に関係なく朝早い時間から行っている

手帳をもらっていない
そのかたから見ればグレーゾーンにいる
私より明らかに生きづらいはずなのに
私がその姿勢に勇気づけられるくらいだ

それを見た経営者は言った
この経営者は
障害を持っている人のことを完全に理解している
つもりでいる

朝早く来ていろいろなことを取り組んでいる
私が指示をだしたわけではないのに
考えて行動と発言をしている
これは凄いことだ
だから健常者はもっと頑張れるはず
なので頑張れないのはおかしい

とハッキリ言いきった

少し前までは精神障害がある人は
誰かが一緒にいないといけない
=人件費が増えるからダメ
という意味の発言をしていたとは思えない

果たして本当に理解しているのだろうかと
私から見ていて8割ぐらい疑問に思う

精神障害が甘えだとは全く思わない
しかし努力すれば努力するほど
定型発達者と変わりないくらいまで成長することができる

だから定型発達者から甘えだと思われるのかと思うと
それはそれで生きづらいのだろうなと思う

ただオープンだろうがクローズだろうが
職場の環境によっては
定型発達者と同じくらいの能力を求められる可能性がある
私の職場はこちらの環境に近い

努力して定型発達者に近づいて
ハンデがあるのにがんばって行くのか

定型発達者に求められない程度のポジションに留まり
縁の下の力持ちになっていくのか

何が正しいのだろうか

私は自分がADHDと診断を受けたことを
隠すように伏せているが
長い目で見ていただけているので
やれるところまでやりたいと思う

疲れてしんどくて
明日にでも辞めたいけど
がんばりたい自分もいる

今に挑戦してがんばって
良くなるように改善しているけど
それを理解してくれない人は多い

「その瞬間で全てが決まる」

障害者は定型発達者とはわかりあえない
逆もまた然り

だけど
定型発達者も
手帳を持っている障害者も
手帳を持っていない障害者も
生きづらい瞬間っていうのは
あるんだ

今日は早く帰ってこれたので
モンハンライズサンブレイクをしたいと思う

わたしにできること
きっとまだまだある

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