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選択できる子どもに育ててあげませんか? 「禁止」の怖さ

「今の苦しみはあなたのせいじゃない、あなたは悪くない」
そんな思いで過去と向きあうことを自分に許すことにしました。
親子関係に何か痛みや疑問を感じてきた人に伝えたい。
そして、過去に戻れるなら、あの時の自分自身にも言いたい。

こんにちは、とーふです。

子どもの頃、私は自由がありませんでした。
金銭的に不自由がなかったのは、感謝していましたが、とにかく自分で決めて良い事が少ない。
マンガやテレビのアニメも基本的には禁止。NHKのアニメなら良い。
当時流行っていたファミコンも絶対に無理。

買って良い本も親のチェックが入りました。

頭が悪くなる。目が悪くなる。姿勢が悪くなる。くだらない。

よく母親が私に言ってきかせた、「ダメ」の理由です。

でも何十年も経ってみると、マンガやゲームは日本の文化創生の最先端にあって、マンガから映画になったり、芸術とアニメの境が問われるような時代になっています。ただ、私はあまりにも禁止されていた期間が長く、その圧が強すぎて、今もマンガやゲームに手がのびません。
(私の場合、本までも苦手になってしまいました)

大人が「勉強よりくだらない」と判断するものは、危険です。
大人が見ている世界こそが主流で、子どもの視点や子どもが「やってみたい」「覗いてみたい」世界を切り捨ててしまうと、何十年後のその子の人生における、大きな損失になっているかもしれないのです。

禁止多すぎると、他に何が起こるか。

そう。自分で「選ぶ」ことが極端に苦手になります。
自分の選択肢が自分に決定権が無い状況が常態化しすぎて、大人がくだらない選択だと思いそうな選択肢は外していきます。

そして最後に自分の周りに残るのは、
気持ちが踊るとか、ワクワクするような世界が無い、
ただ自分じゃない誰か(大概、親ですね)を納得できそうな、そこそこの世界。

さらに追いうちをかけるように習い事や宿題が続くのです。

そして、私は今も選択をすることが苦手なのです。
特に、ワクワクすることを2択、3択から選択するような状況は、ちょっとしたパニックになります。

素直に心がときめく事を選択して、「あー楽しかった!」「あー良かった」と思う経験値が低すぎるすのです。

無難な選択をしがちです。それか、素直な選択からかけ外した、行き過ぎな選択もしがちです。

あなたのお子さんを、ときめく事への罪悪感がある人間に、育てたいですか?
あなたが禁止しているものは、本当にお子さんの人生から排除してしまって大丈夫ですか?あなたは、お子さんの人生から「ときめきを味わう時間」を排除していませんか?

心がときめく時間の積み重ねが、感動できる心や悲しみに共感する心を作るのです。。。

そう。私は小学生高学年のとき、素直に泣く事ができなくなっていました。
心が疲れていたんだろうなと思います。

ガチガチに固まっていた私の心を、ほぐしてくれたのは、いつも血のつながりが無いひとたちでした。あの頃の事を思うと、感謝の気持ちでいっぱいになります。

心の陽気さを育む場所、選択肢できる心を育む場所として、家庭を捉えてみませんか?きっと何十年後にお子さんから感謝される事になります。

今日はお伝えできてよかったです。
深呼吸して、一日マイペースで過ごしてください。

生きているだけで、十分なんですから。




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