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僕らのコミュニティの行方(ピク活IT編)

ピク活IT」の「アドベントカレンダー」21日目のエントリーです。

私が所属するコミュニティ「ピク活IT」の忘年会がありました。ピク活ITはピクト図解と呼ばれるビジネスモデルの可視化手法を探求するメンバーが集まるコミュニティです。

忘年会の帰路でメンバーと話しながら駅に向かって歩いていた時に、「僕らのコミュニティの行方」についてふと気がついたことがありました。

忘年会には残念ながら急遽参加できなかったピク活ITメンバーもいますし、来年は新年会の計画もあります。忘れないうちに、その気づきをnoteに書いてみようと思います。

どうやら我々は「ポッセ」らしい。

まず最初に僕らはポッセではないかという話をします。ワークシフトという本をご存知でしょうか?20年後の未来として2025年の働き方を予測した本です。この話の中でポッセという概念が登場します。

ゼネラリストの仕事は広く浅い技能の集合である。浅い技能はテクノロジーの発達によって広く浅い技能の集合である。浅い技能はテクノロジーの発達によって容易に代替されてしまう時代に突入するはずだ。
所属している会社に向けて自分の価値を高めてきたキャリア形成では市場に出てもニーズがなく、行き詰まる可能性が高い。その先に待っているのは、ただ自分の時間を切り売りするだけの、時間に終われる日々である。

確かこういった本だったと記憶しているのですが、ここではまだポッセの話はでません。本の中では、そんな大変な時代に生き残れる人たちについてさらに言及が続いていきます。

変化する世の中に価値を提供できる連続スペシャリストを目指そう。連続スペシャリストとは、複数の技能をもつ稀少性が高い人材で、真似ができない価値を提供できる高い知識資本をもった人なんだ!

この後は確か、高度な知識資本をもった人材になるための方法として幾つかのお話が続いていきます。その中でポッセが登場します。

適応するための方法の一つとして「未来に必要となる3種類の人的ネットワーク」と題したコミュニティの種類についての紹介があるのですが、そのネットワークの一つとして出てくるのが「ポッセ」です。

私は、その紹介に出てくる「ポッセ」とは、ピク活ITのコミュニティのことではないかと思うのです!

未来に必要となる3種類の人的ネットワーク

(1)ビッグアイデア・クラウド:多様性に富んだ大人数のネットワークで、新たなアイデアの源となる群衆。私の理解だと、会ったことがなかったり、一過性のお付き合いになることも多い印象がある。

(2)ポッセ:互恵的な関係を築くことができる少人数のグループ。同じ志を持つ人たちの集まり。私の理解だと「同じ釜の飯を食った同志」で、普段は離れていることがあっても「長期的なお付き合い」の人たちである。

(3)自己再生のコミュニティ:リラックスしたりリフレッシュできる関係の人たち。頻繁に会っては一緒に笑ったり、食事をとったりする。世間でいうところの「友達」だよね。

※ピク活ITのメンバーの方は、ぜひ、お考えください。メンバーではない方は、ご自身のコミュニティが何に当てはまるのか考えてみましょう。

ピク活ITが「ポッセ」だと思う1つの理由

ピク活ITのコミュニティのことを「ポッセ」だと考えるのは、ポッセの定義である「志し」がメンバーに共通して備わっているからです。

きっかけは、忘年会の時に自然にはじまった活動のふりかえりにあります。

ピク活ITは会社の垣根を越えた集まりですが、活動が特に盛んな時期は独特の熱気がありました。忘年会では、あんなイベントをやったね、こんな勉強会をやったねという話になってましたが、テーマを書き並べると、とても尖ったことに挑んでいたことがわかります。

▼尖っていたよねぇと話題になったピク活IT勉強会のテーマ
「ピクト図解とビッグデータ」「ピクト図解とゆめぱ(温泉観光地)」「ピクト図解とビジネスモデルキャンバス」「ピクト図解とKA法」

ビジネスモデルキャンバスとの組み合わせはその後の鉄板になっていくのですが、出発のタイミングではどう転がるか本当に読めないスタートでした。

デジタル入浴券の「ゆめぱ」とピクト図解で何かやるという勉強会はもうはちゃめちゃな展開で最後まで混沌の中を走ってましたが、実験的な取り組みから得られた学びはそれなりにあって面白かったなと記憶しています(w

ピクト図解というビジネスモデルの可視化ツールをつかって、世間にあるビジネスモデルを図解する勉強会でも十分楽しかったのですが、あの頃の我々はピクト図解と他の何かをかけあわせる新結合」に夢中になってました。

側から見ると、怪しくギラギラした集団になりかけていたと思います(w

新結合という代物に挑むには大きなパワーが必要ですし、そこで疲れ果てずにギラギラしちゃてたのであれば結構なエネルギーがコミュニティから放出されていたはずなのでが、僕らの原動力はなんだったのだろう?

忘年会の帰りにメンバーの大川さんが言ってた言葉を借りるのであれば「あの頃の僕らは、ビジネスモデルからビジネスをつくるんだ。」という共通の志しにあったのではないかなと。

誰に頼まれたわけでもなく、ビジネスモデルの可能性を信じていて「そのために必要なことを解明するぞ!」という熱気を帯びている(狂った)集団だった。

その思考の末が新結合であり、ギラギラの正体ではないか。そう考えると、やはり志は一つで、僕たちはポッセだったのではないかと思うのです。

ピク活ITがポッセだと思う理由は他にもあります。それは、活動中に助け合いの連鎖が価値を生んだことです。

ポッセの特徴として、互恵的な関係というものがありますが、ピク活ITはまさに互いに利益を得る、または利益を与え合う関係ができていました。

上述のように当時のピク活ITは「ビジネスモデルからビジネスを生むのだ。」という「ミッション性」を帯びたコミュニティで、志を一つにするものが(当時は暗黙知だったかもしれませんが)存在していたと思います。

その一方で、同じミッションを歩んでくれる人たちはそう多くはなく、苦難も数多くありました。いつ競合になるかもしれない他社の人と新たな新結合に挑んでいるということに、プライベート時間の活動にも関わらず非難をする人がいたのも事実としてあります。

迫害された人々のような構図ですから、こんな境遇にでもなれば、互いに支え合う形になりやすく、かけがえがえのない関係になりやすいものです。

同じ境遇にいるメンバーの助けになるのであれば、諸肌を脱ぐぜという流れになることは結構ありましたし、あの人のためなら手伝うぜ〜をやってみたら、自分たちの学びにもなったということが、度々、起きていました。

特徴から考えても、ピク活ITの互恵的な関係はまさに「ポッセなコミュニティ」なんだなと思います。

コミュニティの終わりとはじまり

そんな僕らの関係は今でも続いていますが、コミュニティとしての活動は少し控えめになっています。なぜなんでしょう?

それは、「ビジネスモデルからビジネスを生むのだ。」という考えが、世間としては「当たり前になったから」なんだと大川氏は話しています。その話を聞いた瞬間から、私の心の中でざわめきがはじまりました。

どんなコミュニティにも終わりとはじまりがあるのではないかと僕は考えています。ミッションの定義が使命なのであれば、ミッションが果たされたタイミングでコミュニティの役目は終わります。

ピク活ITの役目は終わったのでしょうか?

帰りの山手線の中で、さらにピク活メンバーのゲッチさんとakaponさんと話をしている時に「ああそうか、ピク活ITは、これからまたはじまるんだ。」と私は感じて、ワクワクしました。

これは、僕らのコミュニティの行方を左右することになると思います。

ピク活IT コミュニティの行方

ゲッチさんは言います。「確かに、既存のツールでは、まだ描けていないものがある。」
akaponさんは言います。「しかし、ひとつのモデルで描けることには限界がある。」

ピクト図解は人とモノと金の流れを「交換」という軸で図解するのに長けた可視化の手法です。これだけでも、その方面では革新的でしたし、必要な状況で持ち出せば「最高」の手段として活躍してくれます。

その一方で、ピクト図解や既存のキャンバスツールでは、「描けない何か」があり、僕たちはその何かを探しているといった話で毎度、盛り上がるのです。

これ以上、ピクト図解に吹き出しを増やして無理をさせるのか、新たな何かと「新結合」して、まだ見ぬ価値をつくりあげるのか。

ワークシフトが示す世界が正しいのであれば、2025年は複数の分野の専門性をもった「連続スペシャリスト」と呼ばれる人たちがコミュニティを横断しながら新たな価値をつくっていく時代です。

先行き不透明な時代、連続スペシャリストとして活躍していくのに一人孤独な戦いはとても辛い。ポッセの関係が欠かせない時代により突入していくと思います。

2020年、ピク活ITで新たな価値を創造しませんか?

ピク活ITの新たなミッションも見つかって、コミュニティの再始動がはじまるかもしれませんよ?あなたが持続可能なワールドを、この手でつくりましょう。

ピク活IT新年会は@サウナです(w

我々の10年後を考え、ピク活ITのミッションを再定義する場になるかもしれません。

メンバー外の方の参加も大歓迎です!横浜スカイスパのサウナで、ととのいましょう!!




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