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「新魔界目録・破」 副将

これを読む新入生諸賢は、ストレートな人生を送っていたとするならばちょうど18歳になったというところだろうか。誕生日がべらぼうに早い場合や、苦節の末に合格を勝ち取った場合は19歳やそれ以上ということもあるだろうか。

18歳になったら出来ることと聞いて賢明なる最高学府の新たな挑戦者たちは何を思うのか。免許が取れる?選挙権が付与される?成人という扱いになる?

どれも私から言わせればしょうもない、取るに足りないことである。どれくらいしょうもないかといえば、暇な時に畳の目の数を数える行為と同じくらいしょうもない。結局セメスターの半分くらいで離脱する総合科目を学期初めの勢いに任せて履修登録するくらい取るに足りない。

18歳になったら出来ること、それは言うまでもなくパチンコ店に入場できるようになることである。パチンコやパチスロと言われるものはギャンブルと括られることが多いが、法律上はギャンブルには該当せず「遊技」である。しかし、本投稿では一般に言われることの多いギャンブルとしての扱いでこの大の大人を熱狂させる機械について語ろうと思う。

高校生が大学生になって初めて手にする権利、それはギャンブルが出来る様になることである。(前述した通り、パチンコ店での遊技はギャンブルには含まれないが。ちなみに競馬や競艇は20歳からである。)多くの大学新入生はそれから2年という激動の歳月を挟んだ後に酒、タバコを楽しむことが出来る権利を手に入れ(未成年飲酒、ダメ、絶対)、ここに至って、この大学生活を半分消費しようかという時期に至って、大学生という生き物は、酒、タバコ、ギャンブルを網羅した完全体となる。かくいう執筆者も程度の差は有れど、この3つの権利を行使し大学生活を充実させている選ばれし者の一人である。

ギャンブルというと多くの新入生諸賢は身構えるに違いない。良いイメージをもってこの欲にまみれた営みが描写されることは少ない。

哲学者パスカルは著書『パンセ』の中で神の存在についての議論に「賭け」という概念を持ちだした。
私の好きな漫画作品『賭博黙示録カイジ』の登場人物、利根川は「金は命より重い…!」と断言する。

賭けというのは日常にありふれた行為なのではないか。先に述べた「金は命より重い」という命題が出てくる背景には、我々人間は人生の大部分を労働に費やして、貴重な時間(短く区切れば時間、長く区切れば人生)を金に換えている、すなわち、金は人生の交換先であり上位の概念であるという理屈が、漫画の中では語られている。

賭けやギャンブルという言葉は、先が見えないことについて結果を予想し、場合によっては何かを担保にして予想が当たれば報酬を得る、外れれば担保を失うような行為を指して使用される。

賢明なる新入生諸賢は勉強に充てる多大なる労力と時間、場合によっては予備校への多額のお賽銭をベットし、当日のプレッシャーを跳ね除け、合格を手中にしたわけである(個人差有り)。どんな天才でも受かるかどうかなんて確実には分からないのに。日本で一番難しい(とされる)東大に願書を出すということは、けたたましい音が鳴って下品に光る機械にお金を突っ込むようなギャンブルと大して変わらないのではないか。受かるかどうかも分からないのにこれだけの努力をしてきたのは向こう見ずな若気の至りということなのだろうか。

否。

この違いを考察するためにはギャンブルと投資の違いについて言及しなければならないだろう。
ギャンブルは結局のところいちかばちかだから面白いのである。脳汁が出るのである。一方で投資という行為は、何かを担保にするところまではギャンブルと同様であるものの、リターンが返ってくるという勝算がある上でお金や時間を注ぎ込むことを指すと私は考える。(尚、私は競馬や競艇はギャンブルだと思うが、パチンコ、パチスロは投資と考えている。)

受験ということで言えば、多くの時間、労力、金を注ぎ込んだところで、自分には天下の赤門は開かれず、無慈悲な沈黙を突き付けられるかもしれない。しかし、そうして得た学力は自分の下に残る。今回は投資が焦げ付いた受験生たちも、第二志望の大学で頑張ろうと決意を新たにしたり、「強くてニューゲーム」を選択したりするのである。

東大に入ってくるような新入生は非常に賢い。賢いからこそ、投資を惜しまず合格を掴み取った。そんな諸賢に改めて言うまでもないことかもしれないが私がこの目録で伝えたかったことは投資をやめないでほしいということである(たまにはギャンブルでも良いと思うが。)。

経済には明るくないので見聞きした程度の話だが、金というものは貯金通帳に眠らせていても勿体ないのだそうだ。金は価値の化身だが金があるということそれ自体も価値なのである。(胡散臭い言葉だが資産運用だとかで将来は不労所得で暮らせたらいいなあ。)

学生なんてものは大概貧乏なので運用する資金は無いことの方が多いが、新入生諸賢が誰しも平等に投資できるものといえばその若さなのである。使わなければ勿体ない。うら若き青年時代を、東大合格燃え尽き症候群に罹って縁側でお茶をすするだけのような老後生活にしてしまうのは非常に勿体ない。

激しく燃えるろうそくはすぐに燃え尽きてしまうかもしれないが、時に激しく燃えるのもまた良いのではないか。酒やタバコや新しいことを始めるストレスで寿命を縮めるかどうかというのは、カルピスをほぼ原液で飲んですぐ無くしてしまうか、めっちゃ薄めて長く飲むかみたいな違いでしかないのかもしれない。好みがあるのは当然として。

結局やってみたら合わない事ばかりである。しかし、賢明なる新入生の同志たちにはなるべくやってみなかったことというのを無くしていった方が良いよと言いたい。
色々な人のアドバイスがあってそれを謙虚に聞くことと同時に、自分でとりあえず勇気を出して一回やってみた上で判断するということも大事である。

一応宣伝しておくと応援部は限りある若さと活力の投資先としてこの上ない候補であるということを付け加えておく。

※本投稿に書いてあることに従って行動した結果生じた如何なる結果にも執筆者は責任を負えません。酒、タバコ、ギャンブルは程々に。未成年禁酒。

副将

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