思い出のアルバムのような土地に住んでいる
赤ちゃんとの初めてのお出かけは、想像以上に緊張した。泣いたらどうしよう、ベビーカーをどこに置けばいいんだろう、電車に乗るなんて無理ゲーかも。そんな不安で頭がいっぱい。
そんな私を救ったのは、ご近所の温かい言葉だった。
我が街の足は、一車両で走る路面電車、都電荒川線。小さな電車にベビーカーで乗るのは気が引けていた。ドキドキしながら都電に乗り込むと、ご年配の人たちが「ここにベビーカー置きやすいよ」とさりげなく声をかけてくれた。お礼を言うと、「いいのよいいのよ!かわいいねえ」と微笑んでくれた。
通りを歩くと、ご近所さんたちが次々と話しかけてくれた。「あのエミちゃんがもうお母さんか、小さな体にランドセル背負ってたのに」と感慨深げ。
うちの物件の、入居者歴40年の方には「ついこの間エミちゃんが産まれたと思ってたのに、もう親なのね!」とハグされ、思わず笑ってしまった。
出産前ぶりに馴染みの喫茶店へ行くと「待ってたよ!おめでとう!」とオーナーさんが出迎えてくれ、「これ、おまけね」とデザートを出してくれた。
商店街のお店に入るたびに「おめでとう!」の声と、おまけが増えいく。
運営している屋上シェア菜園の先輩ママたちには、抱っこ紐のレクチャーをしてもらった。「抱っこ紐、こうやって調整すると肩が楽だよ」「赤ちゃん、こう抱くと安心するよ」なんて、手際よく教えてくれる姿を見ていると、不思議と肩の力が抜けていった。
「疲れた時は預かるから!数時間と言わず、1日、いや赤ちゃんなら1週間預かりたい!かわいい!」と笑う頼もしきママたち。冗談でもそう言ってくれる人たちがいるって、本当に心強い。
うちの物件に入っている喫茶店に行くと、店主のお母さんが絵本の読み聞かせや抱っこをしてくれた。「私が子育てしてた頃は、あそこの公園によく行ってたのよ。幼稚園は〇〇に通わせてたねえ」と教えてくれる。私は母を亡くしているので、母が生きていたらこんな話をたくさん聞けたのかな、と思う。エピソードを聞くたび、母が私を育てていた頃の街の風景が少しずつ見えてくるような気がする。
もはや街全体が親戚のように思える日々。思い出のアルバムのような土地に住んでいる。
生まれ育ったこの街が好きで、この街を気に入ってくれる人を増やしたくて、祖母から継いだ大家業。その大家の仕事の先に、ご近所さん、住人さん、物件の利用者さんと送るこんなにもあたたかい未来があるとは思っていなかった。子どもと一緒に新たな思い出を作りながら、私もまた、優しさを循環させられる存在になりたい。
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東京の下町・荒川区で大家とデザイナーをしています。
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