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おばあちゃんから継いだもの

おばあちゃんに愚痴を言うと、速攻メンタルが回復する。「こんなこと言われた...」と泣き言をこぼすと「本当のことなら反省して、的外れなことなら言わせとけぃ。外野に構ってられっか。フンッ」って下町かかあ節をかますから。

そんな力強いおばあちゃんが憔悴した姿を2度、見たことがある。


1回目は私の母が亡くなった時。
私は21歳、大学3年生だった。おばあちゃんの震える手を握って「大丈夫、大丈夫」と自分にも言い聞かせるように呟きながら病院に向かった。
その直後、親族内の嫌な揉め事が起こった。
一人っ子の私は、おばあちゃんとふたり暮らしになった。毎晩「頑張ろう」と励ましあった。


2回目は、私が23歳の時。
おばあちゃんが大家をしている物件の空室が埋まらなくなった。築40年ほど経っていたし、周りに新築マンションが増えたせいもあった。

入居したかと思えば、家賃を払う気が一切無いどころか開き直る住人。娘を亡くし、そんな人と対峙する元気も無いおばあちゃんは体調を崩しがちに。「こんな気弱な私じゃなかったのにねえ」と背中を丸めていた。
(結局なんとか退去に至ったけど、家賃は回収されず仕舞い)



だから私は会社を辞めた。おばあちゃんとの時間をたくさん取れる職場を探そうと転職活動を開始。するとそのうち個人依頼されるデザインの仕事が増え始めた。

この際、おばあちゃんから大家をきちんと継いでみようと思ったのが24歳。埋まらない空室を放っておくのは「負の財産」への序章だし、長い間住んでくださってる住人さんたちにも申し訳ない。

デザインの仕事を定期的にいただけるようになり、フリーランスデザイナーとして独立したところだったので、大家とデザインを掛け合わせたらもっと世界が広がりそうだとも思った。

「ちゃんと大家の仕事を継ぎたい」と言ったら、おばあちゃんの顔が明るくなった。


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https://todaviewheights.com/

まずやってみたのが、物件のサイト作り。不動産屋さん経由で集客できないなら、自分でやってみようと思った。
小学生の頃から趣味でHTMLを書き、美大に行き、デザイナーとしてIT会社に就職したから、サイト作りはライフワークみたいなものだった。



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同時に、空き部屋の改修をやってみた。かわいい部屋にしようと、自力でふすまの模様替えをしてみたら散々な出来になってしまったので、職人さんを呼んだ。「あららこりゃ大変」と言いながら直してくれた。

おばあちゃんの電話帳には、畳屋、建具屋、タイル屋...と長年の付き合いになる職人さんたちの名前が、達筆な字で細々と連なっている。
「水道が壊れたらこの人、外装はこの会社...」と教えてもらった。「この人はね、うちが火事になった時、若い衆を大勢連れて、いの一番に駆けつけてくれたんだよ」などと40年以上前から続く付き合いも教わった。


住人さんや職人さんとの付き合い方も、背中で見せてくれた。徐々に、感情表現が豊かで、心遣いを大切にしながら筋はバシッと通す、寅さんみたいな明るいおばあちゃんの姿が戻ってきていた。

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https://bukkenfan.jp/e/6077209560009933779

そんなこんなをしているうちに、物件をWebメディアに取り上げていただき、サイトを見てくださる方が増え、内見メールがいくつも届いた。

そして大家を継いで約10ヶ月後、満室になった。

「入居したいから空室になるのを待つ」という方まで現れた。
新しい住人さんと、時にはその親御さんまで、私とおばあちゃんに丁寧に挨拶に来てくださった。おばあちゃんはあらゆる友人に「うちの孫が満室にしたんだ」と自慢するようになった。


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継いでから5年経ったいま。ご飯会、DIY、落語会などゆるくイベントを開きながら大家ライフを送っている。

先日SNSで「6歳まで住んでました。今でも生まれ育った場所があることを嬉しく思います。」と、むかしの住人さんからご連絡を頂いた。おばあちゃんに言うと「ああ、あの子かあ」とニッコニコしながら懐かしんでいた。


戦争も、親族に語り継がれる嫁姑バトルも、火事も、借金も乗り越えてきたおばあちゃん。90歳を越えた最近はまいにち、そんな日々のことを聞かせてくれる。

親が早くに亡くなるなんて思ってなかったけど、おばあちゃんが元気なうちに大家を継げたから色々教われたし、人脈を継げたのも大きかった。おばあちゃんマインドも継いで、いずれ私も下町かかあ節をかます日が来るのかな。


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