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小清水志織
2021年6月16日 15:50
ギルバート・ロスは、階段を上がってきた美里とマーガレットさん、そして隣にいる僕に挟まれる形でじっと立っている。他の招待客は、睡眠薬入りドリンクのために寝てしまっているらしく、騒ぎ声が館に響いても何の反応もなかった。肩を強張らせて威嚇しており、狂気が全身からにじみ出ている。「旦那様の亡霊だと?」マーガレットは彼から視線を外さずに、こくりと頷く。「ええ。敬称で呼ぶところから察するに、きっと
2021年6月15日 08:15
『飛鳥』放課後に僕の背中を呼ぶ声がする。懐かしいトーン。ちょっとだけ尖った口調。そして柔らかな香り。リュックサックを持ち直して振り返ると、寝癖のついた髪の毛が目元を覆って、彼女の姿を隠す。『美里。どうした』彼女は周囲の視線を気にすることなく、遠慮なく僕のもとへ走ってくる。異性に近づいてくるなんて、初めて喋ったときには信じられないほど積極的な行動だ。もしかして、僕の力で彼女を変えられたの
2021年6月11日 22:07
大学に入ってから体育の授業を取らなくなり、運動不足だった足がすでに悲鳴を上げている。豆電球が列になって続く青白い通路を、マーガレットの背中を追いかけて歩く。羨ましいほどの長い足をしているので、歩幅も大きく、小柄な美里はついていくのに必死だった。「どれだけ歩くんですか?」とうとう根を上げてぺたんと冷たい地べたに座り込む。小学校の遠足で通った狭いトンネルの地面と似ている、無機質な肌触りだった。
2021年6月9日 21:51
僕は二枚の招待状を机に並べて凝視していた。午前六時。マーガレットさんが煙のように消えてしまった。彼女の部屋のベッド下やクローゼットのなか、館中のフロアを見て回ったが、結果は徒労に終わった。僕が昨晩のうちに彼女の秘密を訊いておくべきだったと悔やんだ。だが、もはや後の祭りだった。二人の夜の会話を陰でノイ・テーラーに聞かれたのかもしれない。秘密を隠すため、奴はマーガレットさんを亡き者にしたのだと想像
2021年6月6日 19:53
「これもいい、これもOK…」梶原美里は、身に着けていたものを順番にドアの隙間に投げてみて、どれがレーザーのセンサーに引っかからないかを実験していた。袖ボタン、ポケットティッシュ、スニーカー、ピアス、ヘアゴム。今のところ、すべてセンサーをスルーしてドアの向こう側へ通過できている。あのハムスターが通り抜けられたのだから、小さいものなら可能なのかと始めは疑ったが、今藤はじめの招待状を投げたときに
2021年6月2日 20:02
「ちょっと、私の招待状を返しなさい」夜の九時を回り、他の招待客は部屋に入ったようだった。フットライトの明かりが浮かぶ廊下を歩く僕に、マーガレットさんが後ろから背中を小突いてきた。僕は気にすることなく、ダイニング入り口の広いスペースに足を運ぶ。未だ圏外表示が出ているスマホを起動させて、懐中電灯の代わりに手元を照らす。マーガレットさんと僕の招待状を並べて観察した。僕のものは、いたってシンプル。
2021年5月30日 20:00
腕が痺れて痛い。美里は血が滲んだ左手をかばいながら、匍匐前進するかのように壁際を移動した。芋虫のような自分の動きにぞっとして、こんな姿を飛鳥に見せられないと思ってしまった。ずりずり体を引き摺った先に、まだ自由が利く右手を伸ばして一枚の招待状を拾った。「今藤はじめ…。彼、何者だったのかしら」今藤は、ブレーカーが落ちてダイニングが真っ暗になったとき、彼と美里との距離は、机二つ分を挟んだほどのわ
2021年5月23日 22:26
ベージュ色のカーペットが敷かれた細長い廊下を、マーガレットさんの後ろにくっつくかたちで歩いている。彼女は背中を大胆に広げたドレスを着ているので、その肌を見ないように前を進むのになかなか苦心した。「飛鳥くん。あなた、女性慣れしていないでしょ」僕の内心をえぐるような質問を投げかけるマーガレットさんに、僕は閉口した。渡したいものがあると言ってきたから、わざわざ彼女の部屋までついてきているのである
2021年5月17日 22:38
ここ、何処なの?三十畳はあろうかと思える、冷たくて空虚な場所。梶原美里は、部屋の隅でほのかに光る緑色の非常灯だけを頼りに、痺れた足を引きずりながら歩を進めた。「たしか、私…」壁伝いに非常灯へ近づいている間に、数時間前ここに迷い込んだときの記憶がフラッシュバックする。突然、硬直した今藤はじめの顔が目の前に浮かんできて、心臓の動脈がぎゅうと引き締まった。首筋にひんやりした汗が流れだして、呼
2021年5月12日 21:59
「非常用電源だ! 電源はどこだ!」ダイニングが暗闇に包まれて一同がパニックに陥るなか、今藤はじめの怒声が大きく響き渡った。目が暗さに慣れるまでに時間がかかるので、あちこちで人がテーブルにぶつかる音や、「ごめんなさい」と謝る声、駆け足の靴音、せわしないスーツの衣擦れが聞こえてくる。僕は美里の安否を確かめるべく、彼女が体育座りをしていた辺りに手を伸ばした。しかし、暗闇の中で遠くに行っていないはずの
2021年4月14日 21:45
ダイニングのどこから響いているのであろうか。周囲に視線を巡らせてもスピーカーらしきものは見当たらない。天井の四隅を眺めてみたけれど、やはり音響装置の類は設置されていないようだ。孤島に集められた、僕を含めて十名の招待客は、突然流れ出した「声」をじっと聴いている。「声」は壊れたカセットテープのような、ノイズが混じった途切れ途切れの言葉を乗せて、淡々とした調子でダイニングに押し広がっていく。『浜
2021年3月15日 22:35
どうして、ここへ来てしまったのだろう。一通のB6版の招待状をポケットから取り出して、鉛筆で記された差出人の氏名を確認する。Noi Taler…ノイ・テーラーと読むのだろうか。日本生まれ日本育ちの僕は、外国籍の友人を作る機会はなかった。唯一外国籍の人と関わりをもったのは大学の入学式だった。たまたま隣の席へ座る男の子が、ぶつぶつ中国語をつぶやくの耳にして、彼が日本人ではないことがわかったのであ