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そして誰も来なくなった File 7
「ちょっと、私の招待状を返しなさい」
夜の九時を回り、他の招待客は部屋に入ったようだった。フットライトの明かりが浮かぶ廊下を歩く僕に、マーガレットさんが後ろから背中を小突いてきた。僕は気にすることなく、ダイニング入り口の広いスペースに足を運ぶ。未だ圏外表示が出ているスマホを起動させて、懐中電灯の代わりに手元を照らす。マーガレットさんと僕の招待状を並べて観察した。
僕のものは、いたってシンプル。このイベントの通知と島の緯度・経度、招待客リストのみのデザイン。背景は無地の白色で、ふつうのポストカードに比べてやや厚みがある。対してマーガレットさんのものは、これら諸情報に加えて、赤色の背景と、片隅に星条旗がはためいているデザインだった。
「赤色…。星条旗…」
呪文のように唱えている僕の肩をきつく叩いたのは彼女である。
「考えても無駄よ。大した意味なんかない」
僕はマーガレットさんの眼をまっすぐに見据えた。「声」に過去を暴かれたときと同じ、アイラインの強烈な目元がわずかにぶれている。隠し事をしているのは明らかだった。それはきっと彼女の過去とつながりがある。
「たしかに、貴女のものだけを眺めていても意味がないでしょう。しかし、僕のものと比べたときに共通項と相違点が見つかれば、どうですか」
彼女はキッと睨みをきかせて招待状をひったくった。暴力的な彼女は初めてかもしれない。僕だって他人の秘密を知って愉しむ悪趣味はないし、自分の秘密を誰かに明かされたくもない。だが今の場合、彼女は話すべきことを話していないような気がした。言いたいが言えないことを我慢して、独りでもがき苦しんでいるように思えた。
「いい、ヤング? 世の中にはね、考えていいことと、悪いことがあるのよ。何でもかんでも真実を知ればいいってもんでもないの」
招待状を掴みそこなった手のひらが空を虚しく切る。僕は広場の手摺に拳を打ちつけた。カフスボタンがパチンと高い音を立てた。
「Truth is more of a stranger than fiction ...ですよ。僕はどんな真実だって構わない。考えてみたって知ってみたって、わからないものはわからないんです。でもそこで考えることをやめてしまったら、知ることを恐れてしまったら、人間として生きている意味がなくなります。昏い真実を暴き立てて嘲りたいのではありません。昏さをそのまま受け止めて生きてみたいんです。目の前の苦しさと闘いながら前に進みたいんです」
マーガレットさんは、視線を床に逸らして絨毯の柄を足でなぞっていた。やがて諦めたように言った。
「わかったわ。飛鳥君。今日はもう寝ましょう。明日、私の部屋に来なさい。いい?」
「ありがとうございます」
手で肩を叩いて去っていく彼女はどこか朧気で、寂しそうに見えた。
あくる日も篠突く雨が降っていた。蒸し暑さと考え事のせいであまり寝付けない夜を過ごした。美里はどうしているのだろう。怖がっていないだろうか。寂しさに震えてはいないだろうか。生きてさえいてくれればそれで御の字だとさえ思った。時計の針が六時を指したとき、爛々とする眼をしばたいて部屋を出ると、執事のギルバートさんが立っていた。
「おはようございます」
僕の挨拶にギルバートさんも「おはようございます」と挨拶をして、そのまま去ろうとした。理由もなく嫌な予感がして、僕は彼に尋ねた。
「あの、マーガレットさんは見かけましたか?」
「いえ。私は朝食の準備をしにきたのですよ。まだお部屋でお休みではないかな」
自分でも意味のない質問をしたのを滑稽に思って恥ずかしくなった。重要な話が彼女の口から聴けるだろうと期待していた分、神経質になっているようだ。ギルバートさんにお辞儀をすると、僕は足早に彼女の部屋をノックした。
嫌な予感は、ノックの後に増大してきた。返事がない。さらに言えば、人が寝ている呼吸すら聞こえない。
「まさか…!」
激しくノックを繰り返す。名前を読んでみる。しかし返事はなかった。こうなれば仕方ないとノブに手を掛ける。鍵は開いていた。チェーンロックもない。探偵だった彼女が、そんな不用心をするほど馬鹿ではないはずだ。
「ごめんなさい、入りますよ!」
勢いよく部屋に入った。相変わらず物が散乱している光景が目に飛び込んできた。燃え残った煙草がうず高く灰皿を焦がしていた。そして。
どこにも彼女の姿はなかった。
(つづく)
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