帰路
真夜中が、響いている。
カコーン、カコーン。
一定のリズムで、響いている。
月もない真っ暗闇。
音のする方を見ると、それはすっかり履き潰れた7cmのヒールパンプスだった。
ふと、あの頃の自分を思い出す。
社会人という肩書きを纏って訪れた店。
この靴を買った時、どんな気持ちだったっけな。
履き慣れないヒールの高さに、どんな期待を膨らませていたかな。
この靴を履いて歩けるほど、私は自立できているのかな。
涙も簡単には出てくれない、そんな夜だ。
カコーン、カコーン。
お構いなしに、一定のリズムで、響いている。
パンプスは、季節を選ばない。
浮かれていた春も、駆け回った夏も、つまづいた秋も、いつだって履いた。
いつだって、私を連れて行った。
カコーン、カコーン。
一定のリズムで、響いている。
ひょっとしたらこれは、ホームランなのかもしれない。
空まで届く、迷いのない線だ。
カコーン、カコーン。
心地良い響きは、あのオリオンの星へ届いているだろうか?
その先の、見たこともない惑星(ほし)へ届いているだろうか?
その後は、一体何処へ飛んで行くのだろうか。
コンクリートの硬さを直に足裏に感じるほど、この靴はくたびれている。
けれど、ホームランを鳴らし続けた7cmのヒールは、
左右非対称になったそれは、
「私はまだまだ大丈夫よ」と言わんばかりの響きを聴かせてくれる。
家まであと数分。
家路を急いでいた足が、少し軽くなった気がした。
私はただ、たった一人、真夜中へ響かせている。
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