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不条理短篇小説

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現世に蔓延る号泣至上主義に対する耳毛レベルのささやかな反抗――。
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2020年11月の記事一覧

短編小説「土下男」

短編小説「土下男」

 土下男はすぐに土下座ばかりするから土下男と呼ばれている。名前はまだない。なんてことはないが誰も彼を本名で呼んだりはしない。彼が死んだら、間違いなくその戒名には土下男の三文字が含まれるだろう。だが土の下に埋められるにはまだ早いと言っておく。

 土下男は学生時代から土下座ばかりしていた。宿題を忘れても遅刻をしても買い食いをしても土下座一発で許された。

 しかし人はどんな奇抜な動きにも見慣れるもの

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馬鹿擬音小説「ギュンギュンのウ~ン」

馬鹿擬音小説「ギュンギュンのウ~ン」

 擬太郎がバーンと開けてガチャッと回しザッザッザッと降りると、空はスカッではなくドンヨリとしてシトシトと降っていた。ザーザーというほどではないしもちろんザンザンにはほど遠い。

 マンションのエントランスをパカーンと出た擬太郎は、トントンしていた長いものをミチミチ言わせながらバサッと広げた。その骨が一本バキッとなりクネッとなっていることに一瞬ハッとなるが、プイッと見なかったことにしてスーンと気にせ

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短篇小説「未遂刑事」

短篇小説「未遂刑事」

 未遂刑事は未遂事件しか扱わない特殊な刑事だ。彼が関わる事件は殺人未遂、強盗未遂など未遂事件ばかりであり、その解決もまた未遂に終わることを運命づけられている。

 未遂刑事の行動は仕事に限らず日常の些事に至るまで、何事も未遂に終わる。だから彼は未遂刑事である以前に未遂人間でもあった。つまり未遂人間がたまたま刑事になったから、めでたく未遂刑事が誕生したというわけだ。

 平日の昼間、住宅街で立てこも

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短篇小説「連鎖」

短篇小説「連鎖」

 小雨が降ってきた。まだ降りはじめなので、誰も傘を差していない。日傘の季節でもなかった。

 駅前の商店街を歩いているひとりの紳士が、ブリーフケースから取り出した折りたたみ傘をパッと広げた。するとその脇を通りかかった父親の腕の中にいる赤ん坊が、口を大きく開けてあくびをした。さっきまでぐっすりと眠っていたはずなのに。

 目を開けた赤ん坊は、自分を抱いているのが期待していた母親でないことに気づいて、

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短篇小説「自動音声ダイヤル」

短篇小説「自動音声ダイヤル」

 はい、お電話ありがとうございます。こちらはヒューマン・インスティンクト・テンプル・カンパニー、サポートセンターでございます。

 この電話は、自動音声ダイヤルとなっております。通話には、20秒ごとに10円の料金がかかります。場合によっては、10秒ごとに1万石の通話料がかかることもございます。すべては、お客様の対応次第となっております。なおこの通話は、サービスの品質向上、及び従業員らの娯楽のため、

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「新語・流行語全部入り小説2020」

「新語・流行語全部入り小説2020」

 コロナ禍ですっかりテレワーク慣れしたアマビエが、いっちょまえにZoom映えを意識してアベノマスクに香水を振りかけた。マスクに香水を振りかけたところで、においはどんな電波でも伝わらないのだから、アマビエが画面越しに映えることは一切なかった。

 本来ならば新しい生活様式だニューノーマルだと言い張って、ついでにGoToキャンペーンにもちゃっかり便乗して、ソロキャンプでもしつつワーケーションと行きたい

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短篇小説「あれ」

短篇小説「あれ」

 ある朝のことである。家を出て駅へと向かう道すがら、私は「あれ」を家に忘れてきたことに気づいた。私はいますぐに「あれ」を取りに帰るべきだろうか。だが「あれ」がなくても、今日一日くらいなんとかなるだろう。そう思って私は踵を返すことなく、いつもの通勤電車に飛び乗った。

 だがその考えは、あまりに楽観的すぎたかもしれない。私は揺れる満員電車の中でつり革を掴んだり放したりしながら、「あれ」を忘れたことで

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短篇小説「違いがわかる男」

短篇小説「違いがわかる男」

 判田別彦は違いがわかる男だ。彼に違いがわからないものはない。いや、わからない違いはないと言うべきか。もちろん「レタス」と「キャベツ」の違いだってわかる。

 いい感じなほうが「レタス」で、そうでもないほうが「キャベツ」だ。

 別彦にかかれば、「牛肉」と「豚肉」の違いだってお手のものだ。高いとか安いとか、美味いとか不味いとかの問題じゃない。

 既読スルーしそうなほうが「牛肉」で、しなさそうなほ

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