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『きょうの猫村さん』作者の描く、コロナ禍でしんどい人にぜひ感染してほしい関西人が好きになる漫画『逢沢りく』

潔癖化する中で必読の「手塚治虫文化賞 マンガ大賞作」

コロナ禍のなかで、世界中が前より少し潔癖症になってしまった。

けっこうガサツ系なはずの私も、なんとなくいろんなことが気になるようになってきていて、古いドラマの録画で誕生日ケーキのろうそくを吹き消すシーンが出てくると「うわっ」と思ったりもする。ニューノーマルな世界では、お誕生日はどう祝われているのだろう。

しかしあまり過剰に気にしていくと、そのうち別の病気になってしまいそうにも感じる。菌やウイルスは体をむしばむかもしれないが、度を過ぎた潔癖は心を壊していくかもしれない。そんなことを考えさせられる漫画が、この『逢沢りく』(上下巻)である。

『きょうの猫村さん』で一世を風靡したほしよりこ氏の作品で、手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞した名作だ。

完璧だけど、どこか壊れた女子中学生の物語

ほしよりこ氏というと、まずあの唯一無二の鉛筆描きの絵が浮かぶ人が多いと思うが、この作家は絵にも劣らず、ストーリーテリングも独特だ。

冗談なのか本気なのかよくわからないシリアスさの中に、ふっと落とし穴のような笑いや涙やどろどろの恋愛劇があったりする。この『逢沢りく』も、そんなしっかりした内容の物語で、いろんな感情を揺さぶられる。

完璧な両親に完璧に育てられた、完璧な美少女・逢沢りく。しかしその家庭もりくも、どこか壊れている。ママは過剰な潔癖症で理想主義。パパはカッコよくて仕事もできて、会社の女の子と浮気中。(その浮気相手を家に連れてきたり、その子についてママと普通に話したりするシーンも出てくるから、少しゾッとする)

そんな環境のせいもあってなのか、りくは、感情のわからない子に育っていた。

私は人前でしか涙を流せない
誰も見ていないんじゃ涙の意味がないもの

関西人はまるでバイキン? 魅力的な関西ワールド

そんなりくとママが最も嫌っているものは「関西人」だ。

この2人が関西人を毛嫌いする様子が異様にシリアスで笑える。まあ、はっきり言ってバイキン扱いである。

テレビって観ちゃ行けないって思うんだよねー
関西弁のお笑い芸人とかさ
ああいうの聞いてると頭痛くなっちゃうし、
メディアっていいかげんじゃない?
うえっ
関西弁に好かれたとか
ぞっとしてきちゃった

しかし、このようにママに関西人を嫌うよう洗脳されてきたりくは、そのママに関西の親戚の元に送り込まれることになるのだ。そこからがおもしろい。

りくちゃん、これがうちのブサイクな次男の司、むさいやろ〜?
おい、ブサイク言うなや〜元ネタからしたら上出来やろ〜
親をネタっていうなアホ

そんな関西弁ワールドにいきなり放り込まれたりくは、「耐えてみせる…」とシリアスに打ちひしがれるのだが、そんなりくに気づかず、親戚や同級生たちの軽やかな関西弁の会話が次から次へと繰り広げられる。その会話の応酬は本当に秀逸で、関西在住のほしよりこ氏ならではである。もしかしてこれは、世界でいちばん関西人を魅力的に描いた漫画なんじゃないだろうか。

そしてりくとともに読み手の私たちも、その関西ワールドに「感染」していくのである。

繊細なりくと図々しい関西人の対比。完璧に見えるママやパパの病理。ママが関西人を嫌う理由はよくわからないのだが、なんとなくそのねじくれた感情の糸口が最後の方に見えてきたりもする。そこがまた深い。

今回、私はこの漫画を読み返して、その後もう一度読んでしまった。このワールドはそれくらい感染力が強い。そしてさんざん笑ったあとに、最後は思いきり泣かせられる。実は正統派な感動名作なのである。

WRITTEN by こやま 淳子
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