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孤立する未婚無業者160万人。中年の止まりかけた時計の針を動かすのはひとのぬくもりだった。『俺はまだ本気出してないだけ』

※本記事は、「マンガ新聞」にて過去に掲載されたレビューを転載したものです。(編集部)

【レビュアー/工藤啓

 日本には20歳以上60歳未満で未婚、無業、そして家族以外の人間とほとんど会話をすることのないひとが160万人存在することが、東京大学社会科学研究所の玄田有史教授の調査でわかった。

仕事を失うと孤立しやすく、孤立すると無業から抜け出しづらい。

社会関係資本と無業はポジティブフィードバックの状況にあるという考察もある。15歳から39歳までの若年無業者が注目される一方、中高年層もまた孤立し、仕事を失っている。

主人公、大黒シズオ(40歳)はバツイチ子持ち。父親と娘の三人暮らし。15年働いた会社を“なんとなく”退職、自分を探す。

そして“なんとなく”めくっていた週刊誌を見て、漫画家を目指すことにする、なんとなく。

“なんとなく”…。タイミングで生きるシズオは知らず知らず誰かと関わる

描けない日々に、描いてもボツ。

“なんとなく”向かった風俗店で娘に遭遇。

生活費を稼ぐために始めたファーストフード店では、一回り以上年下のバイトからからかわれる(あだ名は店長)。

公園ではなぜか野球やサッカーをする子どもたちに慕われる(あだ名は監督)。

そして、“なんとなく”参加した合コンでは、目の前に座った女子から「ちゃんとがんばったほうがいいと思いますよ」と言われてしまう。

ある時は、「中年だからこそできることがある」と自信をのぞかせ、またある時は、「中年だって」と感傷に浸る。根拠のない自信と、漠然とした不安。自己肯定感が低下していても、周囲には虚勢を張り、振り返って後悔する日々。それでも彼は「まだ本気出してないだけ」なのだ。

孤立する無業者160万人とシズオの違いは社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)の豊かさである。

前科を持つ26歳の男性が人生を投げ出さなかったのも、幼馴染の親友が自殺未遂から帰って来たのも、娘が風俗をすぐに止めたのも、シズオがいたためだ。

担当の新卒編集者の女性が作家である売れない父の死と、それを支える母の気持ちを受け入れられたのも、父のための布団を悪徳業者に買わされ、借金返済のために身体を売って、しかも騙された女性が笑ったのも、シズオがそこにいたからだ。

生きるってこうでも良いなと思えるストーリー

この漫画は誰にでも優しく、気遣いができ、主人公が本気を出せば何事も解決してしまうようなヒーロー型ヒューマンストーリーではない。

自分に虚勢を張り、自分の弱さに打ち負かされながら、それでも飄々淡々と生きていく中年シズオの、ちょっと笑える悲しい物語である。

10代、20代のように未来が永遠に続くと思っているわけではい。

ただ、ほんの少しだけ、「中年だから」ではなく、「中年だからこそ」と思い切った行動を取ってみたいひとに本書を勧めたい。

そして、いくつになっても、傍らで笑ってくれる友人たちに言いたい言葉だ。

「大丈夫、“俺はまだ本気出してないだけ”だから」と。


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