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【月商1億円超え】ゲームファンタジー漫画の最高到達点を、「.hack」開発者が読み解いてみた『俺だけレベルアップな件』

【レビュアー/新里 裕人】

皆さんこんにちは!ゲーム制作会社「サイバーコネクトツー」の新里です。

私は2002年に発売されたPS2用のRPG、「.hack」の企画・開発を担当していました。「.hack」はオンラインゲーム世界を舞台にしたRPGです。

当時はまだオンラインゲームそのものが世間に認知されておらず、ちょうど同年に発売された「ファイナルファンタジーXI」をきっかけに、日本のゲーム業界でもようやく注目され始めた、というタイミングでした。

なので、このゲームの企画を人に説明しても、なかなか理解してもらえなかったのを覚えています。

「え、オンラインゲームの世界で冒険?それオンラインゲームって事でしょ?……ちがう???ゲームはオフラインで、オンラインの世界を体験?……わけわからん!」

幸いな事に、ゲームは国内・海外でヒットして、アニメや小説、漫画などマルチメディアに展開されました。

同じくオンラインゲームを舞台にした、川原礫(かわはら・れき)先生のライトノベル「ソードアート・オンライン」も大人気となり、こちらもアニメや漫画が数多く発売されています。

当時、私はこれらの「ゲームファンタジー」が何故ここまで受け入れられたのか、よくわかっていませんでした。前述の「ファイナルファンタジーXI」発売等によるオンラインゲームの注目度とタイミングが一致したことが良かったんじゃないかと思っていました。

けれど、あれから18年の間に制作された、数々の小説・漫画・アニメに接するうちにそれだけではないと感じるようになってきました。

そして、今回紹介する『俺だけレベルアップな件』を読んで、強く感じたことがあるので、それをお伝えしようと思います。

俺だけレベルアップな件 PV

本作は、異世界へのゲートが実体化した現代(っぽい世界)。ゲートから出現するモンスターを討伐する人々は「ハンター」と呼ばれ、彼らの強さは「ランク」によって格付けされています。

主人公は、E級のハンター。しかも「人類最弱兵器」とからかわれる程の非力さで、低ランクのゲートでも、常に命がけで、生傷が絶えないありさま。

そんなお先真っ暗の主人公が、ふとしたきっかけからRPGのように「自分だけレベルアップ」できるようになるわけです。

「RPG」のワードが出たところで、ファンタジーとゲームの関係について少し解説させてもらいます。

「ファンタジーゲーム」⇒ファンタジー小説の「代償行為」としての冒険

現在のコンピューターRPGのルーツは、プレイヤーがトーク形式で進行するテーブルトークRPG(TRPG)と言われるものです。中でも有名なのが「ダンジョンズ&ドラゴンズ(1974年)」。プレイヤーたちは、人間やエルフ、ドワーフなどのキャラクターをメイキングして、モンスターのひしめくダンジョンを冒険する、今では当たり前となったファンタジーRPGの原点ともいえる作品です。これらのイメージソースとなったのは「指輪物語(1954年)」の世界観や「英雄コナン(1932年)」などのヒロイックファンタジーでした。

さまざまなファンタジー世界を(読むだけでなく)自分がその世界で冒険する。

プレイヤーたちがTRPGに夢中になった理由はそこにあったと思います。

TRPGはやがて、コンピューターという媒体によって、さらに爆発的な勢いで世界中に広まりました。

現代における価値観の逆転:中世ヨーロッパとネットゲームのどっちがリアルか?

「ダンジョンズ&ドラゴンズ」の発売から40年以上が経過した現在の我々にとっての「ファンタジー」って何でしょうか?おきまりの「中世ファンタジー」に登場する、中世ヨーロッパ風の世界観はどれくらい実感できるのでしょうか?

現代人にとっては、馬糞だらけの石畳の街道や、汗臭く重いプレートアーマーの質感を想像するより、MMORPGに出てくる、フルCGの流麗な異世界のほうがよっぽど身近に感じられるのではないでしょうか?

そう考えたときに、「.hack」や「ソードアート・オンライン」の世界観が受け入れられた理由が、オンラインゲームというより「ゲーム」という表現そのものにあると思えてきました。

あいつは熟練の戦士だ ⇒ あいつは高レベルの戦士だ
貴重なお宝が見つかった ⇒ レアなアイテムが見つかった
死にそうだ……。 ⇒ HPが残り少ない……。
鍵開けが得意だ ⇒ 開錠の高ランクスキルを持っている

ゲーム用語に置き換えたほうが、ずっとわかりやすく聞こえます。

それもそのはず。元々、現実で抽象的な概念だったものをわかりやすくルール化したものがゲームで使われているのですから。

そして今、「ゲーム用語を小説や漫画が使う」という逆転現象がおき始めているわけです。

そして市場にはいつの間にか、ゲーム的な表現を当たり前に取り入れた小説や漫画、アニメが数多く登場するようになってきました。もはや「オンラインゲームの世界だから」などという言い訳も重要ではなく、純粋に物語の面白さ、爽快感を高めるための手法として、ゲーム表現が使われていることがとても興味深いです。

『俺だけレベルアップな件』は、そんな「ゲームファンタジー」作品の中でもトップクラスの完成度と言えます。

無駄を省いたわかりやすい世界観

前述した通り、この世界のハンターたちはランクによる格差があります。

A級やB級の冒険者は、ハンターのチームで引っ張りだこで、莫大な年収を稼ぎます。逆にD級やE級のハンターは、そんな彼らの下働きのような扱いで、報酬も雀の涙ほどしか得る事ができません。

ここで描かれている「ランク」は、我々の社会における学歴や家柄などを暗示しているように思えます。

覆しがたい生まれながらのハンデを「レベルアップ」というゲーム的な手段によって覆す、というのが非常にシンプルで伝わりやすいです。

「UI(ユーザーインターフェース)」によって高まる成長の実感

本作の主人公のレベルアップは、視界にシステムウインドウがいきなり表示されるところから始まります。

テレビゲームでおなじみのUI(ユーザーインターフェース)。

そこに提示された「クエスト」を達成することで、経験値や報酬が得られるようになったのです。

ひたすら描かれる「レベルアップ」のカタルシス!

ここからのストーリーは基本的に主人公がゲートに行って敵を倒しレベルアップすることに終始します。

複雑なストーリーはなく、強いモンスターが出てきてやっつける⇒経験値入手してレベルアップ、報酬ゲット!の繰り返しです。

ほとんどのアクション系漫画の場合、主人公の強さは「敵を倒す」「人々を守る」という目的を果たすための手段になることが多いですが、本作においては「レベルアップ」することそのものに焦点が置かれています。

それだけ聞くとストーリーが単調そうに思われてしまうかもしれませんが、全くそんなことはありません。自分が面白いRPGを体験している感覚、しかもページをめくるだけでサクサクとレベルが上がっていく手ごたえが味わえます。

まさに「読むゲーム」と言っても過言ではないでしょう!

私は漫画も小説もアニメもゲームも大好きな人間です。

こうしたジャンルの違うエンタメが、新しいテクノロジーで進化し、相互に影響を受ける事で、今までになかったような作品が生み出されることを期待しています。

「ゲームファンタジー」の新しい形として、ぜひ本作を読んで欲しいと思います。

WRITTEN by 新里 裕人
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