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『カイジ』『天』『アカギ』『黒沢』『銀と金』……どれから読めば良い?福本伸行作品ガイド

こんにちは。マンガサロン『トリガー』の兎来です。

「福本伸行って何から読めば良いんですか?」
そんな質問を今年になってから複数回受けました。

確かに、『カイジ』シリーズだけでも5編に分かれていてどれから手を付ければ良いのか分かりづらいですし、『アカギ-闇に降り立った天才』と『天-天和通りの快男児』を足すだけで優に合計100巻を超えます。

更に『最強伝説 黒沢』『無頼伝 涯』『賭博覇王伝 零』『銀と金』や各種短編、それらのスピンオフや続編も数多くあって、何が何やら解らない……。これは確かに、後から追いかけようとすると困るかもしれません。

そんな方に向けて、独断と偏見により今ゼロから福本伸行ワールドに入門したい方にお薦めの順番をお教えします。

「あの絵が受け付けなかったけど、そろそろ手を出してみたい」

そう思うあなたはこれから、約束された素晴らしい時を過ごせるでしょう。

「あの鼻とアゴは生理的に無理」

そう思うあなたは、残念ながら人生において大きく損をしています。しかし、そんなあなたにも読める福本作品も今回はご紹介します。

まずは『カイジ』か『アカギ』……!

私が全ての福本作品の中でも特に好きなパートが4つあります。

1.『天-天和通りの快男児』(以下『天』)の東西麻雀で赤木が絡むシーン。
2.『アカギ-闇に降り立った天才』(以下『アカギ』)のVS市川。
3.『賭博黙示録カイジ』(以下『カイジ』)の限定ジャンケン。
4.『天』の赤木と八人の面会。

これらを読まずに人生を終えることがなくて良かった、と思える漫画史全体においても燦然(さんぜん)と輝く名シーンです。世間での共通言語として押さえておきたいという意味でも、やはり『カイジ』と『アカギ』、そして『アカギ』のルーツである『天』が筆頭でしょう。

しかし、これらの作品はそれぞれ薦めにくい理由があります。

『カイジ』は長く、『天』と『アカギ』は麻雀マンガであるという点がネックです。以前全身全霊でレビューした『咲-Saki-』シリーズなどは麻雀のルールを細かく把握していなくとも7、8割は楽しめるようにできているのですが、『天』や『アカギ』は麻雀のルールを解らずに読むと面白さは半分以下です。

それでも読んで面白いことは面白いでしょう。

が、それは上等な料理にハチミツをぶちまけるようなもったいなさ。せっかくのご馳走、万全の状態で食べたいではありませんか。(私は面白い漫画を求める、それでいて麻雀を知らない人に対して、「『天』と『アカギ』は麻雀を覚えてでも読むべき最高の漫画」と説き続けて来ましたし、これからもそうします)

という訳で、最初は『カイジ』。麻雀が解る方には『アカギ』を薦めます。1番ポピュラーで、その面白さについて共有しやすい所でもありますから。

『カイジ』シリーズ

『カイジ』シリーズ
『賭博黙示録 カイジ』(全13巻)
→『賭博破戒録 カイジ』(全13巻)
→『賭博堕天録 カイジ』(全13巻)
→『賭博堕天録 カイジ 和也編』(全10巻)
→『賭博堕天録 カイジ ワン・ポーカー編』(全16巻)
→『賭博堕天録 カイジ 24億脱出編』(全7巻:2020年6月現在)

と、タイトルを変えていますが、全て真っ直ぐに続いている物語です。

どこか途中から入っても単品としてのギャンブルの楽しさを味わうことはできるでしょう。ただ、できれば素直に最初の『賭博黙示録』から読むことを薦めます。何しろ、『カイジ』は最初からクライマックス。

希望の船エスポワールで行われる限定ジャンケンの面白さは折紙付きです。あの荒木飛呂彦先生も、先が気になり過ぎて本屋に走った漫画として『賭博黙示録カイジ』を挙げていました。

私も同様で、初めて読んだ時の興奮は今でも覚えています。翌朝開店時間に書店に飛び込んで既刊を全部買い、続きが出るのをひたすら心待ちにしていました。こんなに面白いマンガを途中で止めるなど不可能なので、5巻までは一気に買うことをお勧めします。とりあえず大槻班長とのチンチロ勝負を描いた『賭博破戒録』4巻までを読んでおけば、世間で話されるカイジネタの8割は理解できるでしょう。

『アカギ-闇に降り立った天才』

『アカギ』は『天』のスピンオフ作品なのですが、序盤から完成度が高すぎて面白すぎるので必読です。特に、上で挙げた「へへ………きたぜぬるりと…」という、あまりにシビれる台詞と共に開幕する2巻からの市川戦は至高です。

時には夢を追わず現実の中での勝利を追求し、時には幻想を視せて相手を降ろす。ただ派手に和了(ホーラ:あがりの意)するだけではなく、硬軟混じえた闘牌一局一局に見所があり目が離せません。決着の華々しさも、赤木しげるが赤木しげるたる所以を感じて惚れ込みます。

その後の浦部戦なども非常に面白いのですが、問題は鷲巣麻雀編。

何と、始まったのはもう19年も前で、コミックスでは8巻。しかし、つい先日発売した最新30巻でもまだまだ鷲巣と戦っています。同じ相手と19年間も戦い続けている漫画というのもなかなか無いでしょう。一つの牌を切るのにリアルタイムで半年近く掛かったり、突然地獄で鬼と戦い始めたりする様はある意味それはそれで他にない面白さです。

(2018年9月追記:『アカギ』はついに36巻をもって最終回を迎えました)

『天-天和通りの快男児』

『天』は天貴史を主人公とした、福本伸行先生初の連載麻雀漫画。序盤は初期の福本作品感が出ていて、ここから福本ワールドに入ると挫折する可能性すらあるのですが……。

しかし、『アカギ』の主人公であり、実質この『天』においても主人公より主人公らしい赤木しげるが出て来てからの面白さは堪りません。全ての麻雀漫画で一番強いのは誰か? という議論では結論は分かれますが、一番華があるのは誰か? という話なら多くの人が赤木しげるを推すのではないでしょうか。あのトリプル役満やリーチ後の迷彩、天と見せる飛竜地斬など滾りに滾る! もう、ずっとこの人の闘牌を見ていたい……! そんな風に思わせられます。

闘牌シーンも最高なんですが、何と言っても圧巻なのが最後の16~18巻の全く麻雀をしない部分。赤木しげると8人の男たちの対話。ここは、全人類に読んでおいて欲しいと思います。

不完全でもやはり動くことが道を開くこと…!そうだろ…?
考えるな…!負けの可能性なんて…!
正しい人間…正しい人生なんて…!
ありはしないんだって…そんなもの元々…!
ありはしないが…時代時代で必ず表れ…俺たちを惑わす…
そんなものに合わせなくていい…!
そういう意味じゃ…ダメ人間になっていい…!
いいじゃないか三流で…!熱い三流なら上等よ…!
無念である事がそのまま「生の証」だ…!
生きるってことは…不本意の連続…
無念が「願い」を光らせる…!
今ある現実と合意すること…!不本意と仲良くすること…
そんな生き方が好きだった…
たぶん…愛していた…無念を…!

名言に次ぐ名言の嵐。そんな言葉を、もっともっと聞かせてくれ……! 世界は不条理なもの。だがそれがいい。それでいい。私の人生にも大きく影響を与えられています。

『カイジ』『アカギ』『天』の後は『銀と金』や『零』や『黒沢』や『涯』……!

『銀と金』

福本作品でどれが好きかという時に『カイジ』や『アカギ』と言うとニワカ、この作品を挙げておけば通、のような雰囲気があります。実際、本当に『銀と金』は面白いですし、単体で読めるのでここから入るのも全然アリです。「金の橋」や「誠京麻雀」などのオリジナルギャンブルは勿論、そこで描かれる「人間」の模様も秀逸。人間の壊し方などのぞっとする部分も魅力です。ギャンブルに留まらないサバイバルバトルも面白く、全体的にテンポも良いので福本作品の中でも強くお薦めできる一作。ただ、休載となり最後までは構想通り書き切れなかったらしく、銀さんと森田のガチバトルは見たかったです。全11巻。尚、本作の平井銀二と『銀ヤンマ』の平井銀次は別人なので、要注意。

『賭博覇王伝 零』シリーズ

同時期の『カイジ』や『アカギ』の進みの遅さはどうしたんだという位に、非常にテンポ良くオリジナルギャンブルをこなして行く物語。「週刊少年マガジン」連載ということもあって、凄惨な描写はやや控えめですが、頭脳戦を楽しみたい方にはお薦めできる作品です。全8巻。第二部『賭博覇王伝 零 ギャン鬼編』(全10巻)は前半こそ同様にテンポ良く展開しましたが後半は、ややテンポの良さが削がれてしまってたのが残念ですが、初期作品の頃のような人情味溢れるラストは味わいがあります。

『無頼伝 涯』

こちらも「週刊少年マガジン」での連載作でしたが、冤罪・監禁・洗脳・脱獄など逆に本作はなぜ青年誌でやらなかったのかと思うほど重く、ハード。週刊連載だとあまり話が動いていなかったこともあり、全5巻で打ち切りになってしまった作品ではあるのですが、単行本で一気に読めば、中弛みも感じにくく福本節の利いた名作であることに間違いはありません。

クズも同様に素晴らしい…!
うまく生きれずとも…人から見たら…徒労…
不毛に見える悪あがき…苦しみ…だとしたも…輝きだ…!
かけがえのない時間なんだ…!だからどんなに哀しく…
ただジタバタしただけの日々だとしても…
それを…奪う権利は…誰にもないっ…!!

ああ……。福本作品の人間賛歌がここにある…………。

『黒沢』シリーズ

恐らく、ある一定の年齢に達した男、人生経験を経た男にこれほど響くマンガもそうそうないでしょう。それが故に、「『黒沢』こそ福本作品の最高傑作」とまで称える人もいるのではないでしょうか。40、50代男性のこの哀愁は、どこに回収されるべきなのか。本作を単にギャグマンガとして捉えられる時期は、まだまだ若いのだと思います(とは言え、「シートン動物記」や「コナン君」などで笑わないのも不可能なんですが)。

原作作品も秀逸…! 福本絵が苦手ならこれ!!

かわぐちかいじ先生が作画を担当するこの二作品。福本先生の絵がどうしても苦手だというのなら、これらを読むと良いでしょう。如何に、福本伸行という男が優れたストーリーメーカーか解ります。

『生存~Life~』

余命半年となり自殺する寸前だった男が14年前に行方不明になった娘の遺体を見つけ、ちょうど自分の寿命と娘を殺害した犯人の時効時期が重なると知り、最後の命で賢明な捜査を行う物語。謎を追っていくミステリー的な楽しみと共に、限られた命の使い方を考えさせられつつ、親子の絆や愛が溢れてくる名作です。全3巻。

『告白~コンフェッション~』

標高3200m地点で遭難した二人の男による、緊張感溢れるシチュエーションでの心理戦を絡めたサバイバル。互いの告白によって転々としていく状況、制限が加えられた中での展開に手に汗握ります。福本伸行先生の美点がよく現れている作品。全1巻。

主要作品の後は初期作品

上記作品群で福本ワールドの魅力に取り憑かれたならば、あらためてその起源となる初期作品群を追ってみるのも良いでしょう。

焼き土下座や人間学園のような痛々しさはどこから来たのかと思う位、下らないギャグや人情話に溢れる初期作品群ですが、その中でも人間が人間として現実を生きることを営々と描いている片鱗や漫画力の高さは各所に見て取ることができます。

特に私は『見上げれば通天閣』や『あくたれ(rude)39』に滲み出ているような味わいが好きです。福本伸行の魅力は様々ですが、一番の根っこはまさにそこ。

福本作品における1番の魅力とは

赤木しげるにしろ、伊藤開司にしろ、黒沢にしろ、通天閣にしろ、リアルの中で何かを手に入れ、何かを失い、それでも自分の中の芯は保って貫き通すように生きている。

生きるということに迷い、社会の中で自分の立ち位置に悩み惑う者に、ニヒルな笑みを浮かべながら背中で語り道を示してくれる。

時に無様に苦しみもがきながらも、生きる人生の代え難い尊さを、静かな熱さで無言の内に語ってくれる。

そう、それは漢の生き様。教科書には書いていないけれど、人間としてとても大事なこと。

福本作品は奮い立つ力を、勇気をくれる漫画なんです。

だから今日も私は赤木しげるに憧れながら、不条理を愛して生きて行きます。

WRITTEN by 兎来 栄寿
※「マンガ新聞」に掲載されていたレビューを転載
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