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悪役令嬢に転生したものの意地悪になりきれないおじさんが生まれた意外な理由『悪役令嬢転生おじさん』

【レビュアー/澤村晋作

今回は、コミックスが発売されるやいなや売り切れと重版を繰り返している『悪役令嬢転生おじさん』をご紹介します。

悪役令嬢とは、意地悪い主人公のライバルのイメージの集合体である

そもそも悪役令嬢とは何でしょうか?

一言でいえば、主に乙女ゲームの悪役である高飛車なお嬢様のことです。(乙女ゲームとは、主として女性向け恋愛シミュレーションゲームを指します)

意中のキャラクター(例えば王子など)を射止めるのをゴールとする作品群において、主人公のライバルとなる存在ですね。

そういう意味では少女向けの漫画やアニメでも昔から存在していたキャラクターといえます。スポコンものや魔女っ子もので見かけたことがある方も多いでしょう。

それが、ある種、近年、いちジャンルとして頭角を現したのです。

かく言う筆者も、「悪役令嬢」を冠する作品群が次々現れて来た際は、それらはオリジナルの「悪役令嬢~」なる作品がある上でのスピンオフ作品だと思っていました。(※ジャンルの人気に火をつけた先行作品がないという意味ではなく、「悪役令嬢」を冠した一つの作品が存在していて、それを題材にスピンオフがたくさん行われていると思っていました)

しかし、そうではなく、あくまで、いちジャンルです。

「変身ヒーローもの」とか、「能力バトルもの」とかそういうものと同じように、いわば「悪役令嬢もの」というジャンルなのです

ゆえに、「悪役令嬢~」と冠しながらも、それぞれの作品に繋がりは一切ありません。

面白いのが、見た目や口調は『エースをねらえ!』のお蝶夫人の影響がみられるのですが、彼女は気位が高く時に嫉妬はするもののいじわるなキャラクターではないので、悪役令嬢とは、さまざまな少女向け作品のライバルキャラの複合的なイメージによって作られたものと言える点です。

いずれにせよ、大元が女性向けのジャンルだったこともあって、その概念の受容は女性のほうから起こったように思います。

わかったような、わからないような……という方も多いかと思いますが、大丈夫です。

本作の主人公も悪役令嬢の全てを理解しているわけではありません。

おじさんなので。

悪役令嬢になったおじさん…しかしどうしてもおじさんの優しさが滲み出てしまう

そんなわけで、本作の主人公・屯田林憲三郎52歳の話に移りましょう。

彼はひょんなことから、異世界に転生します。

これだけなら普通の異世界転生作品ですが、表題の通り、その転生した先というのが悪役令嬢でした。

それが、金髪縦ロールのいかにも大貴族の御令嬢といった、グレイス・オーヴェルヌです。いかにもというか、実際に公爵家の御令嬢です。

さて、グレイスとなった憲三郎ですが、悪役令嬢としての使命を全うするため、乙女ゲームで言えば主人公にである少女・アンナに厳しくあたろうとします。

しかし、彼は転生する前には娘を持つ父親でした。それゆえ、つい親目線で対応してしまいます。

慈愛に満ちたものとなり、叱った場合であっても相手のことを考えた上とわかる対応となります。結果的に、アンナにすごく懐かれることになります。

どうしてこうなった……。

だがそれがいい。

本作は、憲三郎の人の良さが、知らず知らずのうちにやさしい世界を作り出していくのが魅力なのです。

おじさんが悪役令嬢に転生した本作と、少年がおじさんに転生しているという現実が重なる

やさしい世界の理由、それは作品からにじみ出る作者の人の良さ。

その優しさの塊である作者こそが、上山道郎先生です。

この名前に聞き覚えのあるおじさんは多いのではないでしょうか?

そう、かつて『コロコロコミック』『怪奇警察サイポリス』『機獣新世紀ZOIDS』を連載されていた漫画家さんなのです。(無論、青年誌でも活躍されている先生ですので『ツマヌダ格闘街』等、魅力的な作品はほかにもたくさんあります)

「おじさんは、少なくともどっちかの作品はだいたい通っている」と言えるのではないでしょうか。

ですので、多くのおじさんは「ああっ、あの!!」となります。

おじさんもかつてはみんな少年。

また上山先生の作品に出会えて嬉しいし、人気なのも嬉しいのです。

上山先生の作品を見ると、心が少年に戻るのです。

これは、作中でグレイスの横に中身の憲三郎が浮いているのと同じです。

我々おじさんの横には少年が浮いているのです。

僕らはみんな、「おじさんに転生した少年」です。

そして、本作で悪役令嬢というジャンルに初めて触れるおじさんも多いでしょう。

だからこそ、そんなに悪役令嬢には詳しくない憲三郎と読者が完全にシンクロします。

老眼とかもシンクロします。

つまり、いわば僕らは、「おじさんに転生した少年」であり、「悪役令嬢に転生したおじさん」でもあるのです。

圧倒的感情移入と、やさしい世界が、かつてない心地よさを生みます。

読んでいる人みんなが、気がつけばおじさんになる作品

おじさんおじさん言っていますが、もちろん、女性や若者が読んでも最高に面白い作品です。

なぜなら、キャリアある上山先生は、漫画の面白さも飛びぬけているからです。

ネーム力、デッサン力、視線誘導、見やすい背景、隠しきれないバトル描写の上手さなど……いずれもハイレベル。

その上で、この題材なのですから、面白くないわけがない。

きっと、おじさんではなくても憲三郎に感情移入できることでしょう。

そう、みんな気がつけば、おじさんに転生しているのです。

さぁ、みんなで、グレイスの横に浮いている憲三郎の横に浮いて、この物語を見守っていきましょう。

親目線で。


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