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【2.5次元ファン必読】「愛のある嘘」を提供する芸能界の舞台裏物語で、エンタメ愛が一段と高まる『【推しの子】』

【レビュアー/bookish

原作・赤坂アカ氏、作画・横槍メンゴ氏の、赤坂アカ×横槍メンゴによる『【推しの子】』(集英社)はアイドルを中心に芸能界を描いた作品。

「嘘を付く才能」溢れるクリエイターによる、エンターテイメントの裏にある粉骨砕身と愛情に触れることができ、自分の好きなコンテンツをもっと好きになることができる漫画です。

憧れのアイドルの子供に転生したら?

田舎の病院で働いている産婦人科医のゴロー。ある日憧れのアイドル、B小町の星野アイが病院を訪れるが、なんとアイは妊娠していた。

ゴローは無事出産してもらうために尽力しますが、見知らぬ男性に刺されて殺され、気がつくとアイの子供・愛久愛海(あくあ・まりん)に生まれ変わっていた。

アイのアイドルとしての成功を一番身近で見守ることができると思っていたら、彼女は見知らぬ誰かに殺されてしまい、復讐を誓う愛久愛海ーー。

『【推しの子】』はサスペンス風の転生物からスタートし、愛久愛海がアイを殺した相手を見つけるために芸能界に足を踏み入れることから物語がはじまります。(なお、ゴローの病院で療養していた少女は愛久愛海の妹・瑠美衣(るびい)として生まれ変わり、母親と同じアイドルに憧れます)

ここから愛久愛海がドラマに出演する「ネットドラマ編」、番組側の演出で役者が追い詰められる「恋愛リアリティーショー編」、瑠美衣らが結成したアイドルグループがステージを目指す「ファーストステージ編」、そして愛久愛海が舞台に出演する「2.5次元舞台編」と続きます。

それぞれのエピソードはひとつずつテーマを持って描かれるので、基本的な設定をおさえたうえで好きなエピソードから読むというのもアリです。

私はソーシャルメディアの教科書になりうる「恋愛リアリティーショー編」ではまったのですが、一番好きなのは「2.5次元舞台編」です。それはもちろん私自身が現実の2.5次元舞台のファンだからです。

生々しいトラブルを描く「2.5次元舞台編」

リアリティショー編でプロデューサーの目にとまった愛久愛海は、ある劇団が主催する漫画原作の舞台に出ることになります。しかし、長編漫画を数時間の舞台にするために主要キャラクターの性格が変えられていたことから漫画原作者が舞台の脚本を受け入れられず、脚本の書き直しの指示が。

舞台というエンターテイメントのよさと演出を理解した愛久愛海の活躍で原作者と脚本家が直接やり取りとして脚本を書き直し、さあ役者は新しい脚本を元に舞台づくりに向かうーーというのが「2.5次元舞台編」です。

もちろん漫画なので「作品づくりの過程で問題が発生⇒解決⇒作品は成功するのか?」ときれいな起承転結になっています。現実にはこうはいかないのでしょうが美しい嘘を展開してくれています。

『【推しの子】』を出版している集英社は現実に実写映画や2.5次元舞台の原作に、多く作品を提供しています。

キャラクターの改変といったトラブルの具体性を見ると「もしかしたら実際にあったのか?」と思いたくなるのですが、作品全体に流れるテーマは「愛のある嘘」の提供です。きっと「こうだったのではないか」と作者が考えられた嘘なのでしょう。

実際の2.5次元舞台では、『テニスの王子様』が原作の「ミュージカル『テニスの王子様』」(通称テニミュ)が歴史の長さとその人気で有名ですが、今は「テニミュ」以外にも多くの作品の舞台化が上演されています。

過去上演されてきた作品も含めて振り返ると、原作人気と舞台化したときの人気は必ずしも比例するわけではありません。

つらいので具体的な作品名は挙げませんが、物語の途中で公演が止まっているものも少なくなく、テニミュのように原作の1話から最終話まで何度も繰り返し上演されているものの方が例外なのです。

物語の途中で中止となった作品は、収支が見合うほど人気が出なかったのでしょうか。出なかったとすればキャラクター設定が問題だったのか、演出か、役者か、演技か、脚本か、それとも時代が早すぎたのかーーー「2.5次元舞台編」のトラブルと登場人物の思いを読みながら、思わず脳内で反省会を開いてしまいました。

それと同時に、自分の好きな原作の舞台化では、演出家と脚本家が原作のよさを凝縮した舞台を作り上げてくれたことに心から感謝しました。

『【推しの子】』の作中でも指摘されているように、漫画はそれ以外のメディア展開の際に、より多くの人が関わることになりますが、それに関わるクリエイターたちは作品を嫌ったりだめにしようとしたりしてはいないということ。

誰もが最大限の力を出して作品づくりをしているのです。

クリエイターと呼ばれる人は悉く(ことごとく)嘘を生み出す才能に溢れた人ですが、その「嘘」がファンの待っていた嘘とズレ悪い意味で驚かされたとき、そのメディア展開は受け入れられずに終わるのではないでしょうか。

「嘘」というエンタメへの愛着が高まる

その点『【推しの子】』は、今のところ作者の描く嘘が多くの人を熱狂させています。「本物」ではないなぜ「嘘」に熱狂するのか。まだ作中では結論は出ていませんが、私は嘘が嘘を突き詰めたさきに「限りなく本物に近い嘘」が生まれ、それはときに本物を凌駕する感動を生むのだと思っています。きっと読み終わった時もっと「嘘」であるエンターテイメントへの愛着が一段と高まるでしょう。