天才シンガーの華々しいデビューを支える、音楽業界の生々しい舞台裏『アンサングヒーロー』
【レビュアー/ミヤザキユウ】
創作ビジネスはしんどいよ
マンガ、ゲーム、映画、そして音楽などなど、創作でビジネスをやるのはしんどいことです。
テクノロジーの発達に伴って、ひと昔前とは比べ物にならないくらいやりやすくなったのは間違いありません。新たな表現を模索するペースも段違い。それでも、創作の根っこにあるのは「今までなかったものを作る」ことなのは変わりません。
だから本当にいいものができるのかどうかは最後まで誰にも分かりません。しかも、それを繰り返していけるかどうかも不明瞭。
突き詰めると「クリエイターの才能」という目に見えない、数値化もされないものに立脚するビジネスモデルなので、多くのビジネスよりも不確実性が高いのです。
良くないケースだと、不確実性が高い状態が続き、かつ結果が思うように出ず、クリエイターを始めとする関係者に人生の時間をかけてこれをやっていていいのか?という不安が出てきます。そして、全力投球ができなくなり、結果更にいいものができづらくなる負のスパイラルに陥ってしまうのです。
創作に伴うお金儲けやビジネス化を蔑視する人も世の中にはいますが、そういう人は創作をしたことがないか想像力が足りないかだと思います。お金は創作の不確実性の脅威を緩和してくれる痛み止めであり、ビジネスが走り続けるためのガソリンだからです。
影のヒーローを描く『アンサングヒーロー』
『アンサングヒーロー』は、そんなふうに創作をビジネスとして成立させるために欠かせない、影のヒーローたちにスポットライトを当てた作品です。
舞台は音楽業界。天才シンガーの柊ジャムと、新人レコード会社員の後免一朗の出会いから物語は始まります。
ジャムさんは、一度聴けば誰もが天才だと認める歌声とセンスをもつシンガーですが、自由気ままな暴れん坊。でも後免くんはそんな彼女の才能に惚れ込んで、経験不足ながらも彼女のデビューを目指します。
『アンサングヒーロー』が特徴的なのは、ジャムさんがレコード会社に連れてこられてから発生する手続きや、関係者を細かく描いているところです。
企画書の提出から、ボイストレーニングの手配、打ち合わせに、ジャムさんの両親にデビューの許可をもらいに行くところもきっちりやります。なのでボイストレーナー、レコーディングメンバー、MV撮影班…などなど、まだ始まったばかりの作品ですが、登場人物がけっこう多いです。
僕は業界に詳しいわけじゃないのですが、リアリティあるな〜と思ってクレジットを見るとキングレコードさん、ユニバーサル・ミュージックさんに取材されてるので、描写はかなりガチなはず。これだけでも読む価値アリな気がします。
クリエイターの、気まずい過去を刺激する一面も
音楽であれば聴き手となる一般ユーザーの視点では、こうした創作の裏側はほとんど見えることがありません。
また、ともすればクリエイター側からも見えにくくなる時があるかもしれません。仕事の仕方によっては物理的に接触する機会がないケースもありますが、ただただ調子に乗って自分ひとりで創り上げているような気分になってしまうこともあるでしょう。
お恥ずかしい話ですが、僕自身もボードゲームというアナログでブラックボックスが少ないプロダクトを作っているだけに、一人でやっている気になっていたことがありました。大間違いです。根っこのアイデアは一人で考えられても、それを完成させ、ビジネスとして創り上げるにはいろんな人の力が不可欠です。
天才だけれど新人ゆえに、その想像が及ばないこともあるジャムさんを見ていると、過去を思い出して気まずい気持ちになるときもあります。
そんなふうに、創作の仕組みと舞台裏を丁寧に描くのが『アンサングヒーロー』です。
何かを創ったことがある人なら、反省とともに絶対共感できる作品だと思います。