見出し画像

料理は男性のためではない。美味しく固定観念を料理する傑作GL漫画『作りたい女と食べたい女』

【レビュアー/bookish

ゆざきさかおみ先生の『作りたい女と食べたい女』(略して『つくたべ』)は思いっきり大量の料理を作りたい女性と、思いっきりご飯を食べたい女性の出会いと交流を描くGL(ガールズラブ)作品です。

美味しそうな料理と2人の間に流れる甘い空気で満腹になります。

かつて当たり前と考えられていたことに対する批判的な目がスパイスのように味を引き締めます。

「作りたい」「食べたい」というシンプルなきっかけが生む出会い

物語の中心は、料理が好きな野本さんとご飯を食べるのが好きな春日さん。

野本さんは、デカ盛り料理や食べてみたい量と実際に食べられる量に差があるお菓子を作ってみたい。しかし、一人暮らしで地元を離れ、かつ友達が少ないとなかなか思いっきり料理を作ることができない。

その野本さんが偶然出会ったのが、同じマンションに住む春日さんです。大量のフライドチキンを一人で食べるという春日さんに対し「逸材が!」と興奮する野本さんの感覚は素晴らしいと思います。とうとうある日ストレス解消のために、作りすぎた料理を食べてもらおうと春日さんのところに突撃します。

最初は野本さん作の大量の料理を2人で食べるだけでしたが、少しずつ一緒にファーマーズマーケットにでかけたり料理をしたりするようになります。当初は仕事終わりの夜だけだったのが、休日も約束し、お互い一緒にいる時間を増やしていきたいと思うようになります。

なんといっても描かれる料理が美味しそうで、読んでいるだけでお腹がいっぱいになります。

それは料理そのものの描写もですが、野本さんの料理を口に運ぶ春日さんの様子の描写が特にそう思わせてくれます。料理を勢いよく、大きく開けた口に運ぶさまは、まさに「美味しくて手が止まらない」といった様子。

最初は「美味しい」といちいち言葉にしたりしませんが、春日さんが野本さんの料理を楽しんでいることは、野本さんにも読者にもしっかり伝わります。

春日さんの食事シーンに使われるオトノマペが絵の勢いを加速させ、「この料理は美味しいに違いない」と読者に思わせるのです。

「女性同士の楽しいご飯」の裏の辛い事情

『つくたべ』を読みごたえのある作品にしているのは、「女性同士の楽しいご飯」だけで物語が終わらないからです。

「女性が料理をするのは男性のため」という考えをいきなり野本さんにぶつけ、ストレスを与える男性。実家での食事の際「女の子だからという理由で量を減らされていた」春日さん。一人で餃子を食べに行った春日さんに餃子の食べ方を指南する男性。「女性は自由に好きなだけ料理をしたり、好きなだけご飯を食べる自由がないのではないか」と思わせる描写が相次ぎます。

そもそも野本さんは会社にお弁当を持っていく(男性社員はこのお弁当を見て、彼女が料理が好きなのではないかという推測をします)わけですが、これも毎日社食でお昼ごはんを食べるほどの給料をもらえていないという経済的な事情があります。

特に春日さんの実家のエピソードは衝撃的で、公開されたときはツイッターなどでも話題になりました。オンライン上のやり取りを見る限り、少なからず同じ経験をしたことがある人がいるようです。

前述の春日さんの食事シーンを示すオトノマペの表現は、ほかの漫画では男性キャラクターが大量に勢いよくご飯を食べる時に使われることが多いです。

それをあえて使っているところに「女性はおとなしく小さな口で食事をする」という刷り込みに抵抗しているようにも見えます。

野本さんが指摘するように、料理は「食べる」までがないと成立しません。料理を作る先には必ず「誰か」がいるのですが、『つくたべ』から伝わってくるのは、「料理を作る対象は、他人に勝手に決めつけられるものではない」という事です。

男性のために作る人もいれば、子供のための人もいるし、野本さんのように単純に思いっきり作ってみたいなど、必ずしも男性のために作るわけではない人も多くいるのです。

「女性は男性を含め誰かのために料理をするものだ」「女性は少食だ」…など、自分が「当たり前」と思っていることは、全員に当てはまるわけではありません。こうした事実を想像できる人もいれば、外から指摘されて気が付く人もいます。

『つくたべ』では、春日さんが訪れた飲食店の料理人(男性)が「指摘されて気付いた人」です。

春日さんの唐揚げ定食という注文に対し、同じメニューを頼んだ男性よりも白米の量を減らして出しました。これは彼にとっては気を利かせたつもりなのかもしれませんが、たくさん食べたい春日さんにとっては同じ料金で男性と同じサービスを受けられないことを意味します。春日さんは「ふつうでお願いします」といい白米を追加してもらいます。

ちなみに、春日さんと野本さんが後日その店を訪れたときには、店員が定食の白米の量を男女問わずそれぞれ確認していました。

春日さんは当然大盛りですが、同じ時に別の席にいた男性と見られるキャラクターは少なめを注文します。

飲食店の料理人のように、「女性は少食だ」という自分の当たり前の価値観が初めて崩れたとき、人はまずとても驚くと思います。自分の中で自然に出来上がった常識に気付くのは難しい。

しかしながら、当たり前という自分自身の平穏を崩してきた相手に「生意気だ」「間違っている」と攻撃したり、話が通じない相手だと逃げるのではなく、この男性のように「そういう人もいる」と受け止めることは、誰にとっても快適なサービスが受けられる環境にするためには大切な事なのでしょう。

傑作GL作品がまたひとつ

BL好きとしては「この2人の関係、絶対BLジャンルなら少しずつ恋心が育っていくのに」と思って読んでいました。実は最新話まで読むと、お互いがお互いを「かわいい」と感じる、恋愛漫画においては恋の第一歩と私が思っている表現がされています。

私はここで「GLか?」となり、公式ページを見に行くとなんと公式が「シスターフッド×ご飯×GL」と明記していました。

それを踏まえて読み出すと、「初めて一緒に外出するときに服装を気にする」とか、「相手がご飯を食べているとき以外は何をしているのか気になる」とか、もうお互いの感情が恋愛になる一歩手前にしか見えなくなってきます。

私は序盤で野本さんが春日さんのところに尋ねるエピソードをやりやすくするために、女性同士の設定にしたかと勘違いしていた(ごめんなさい)のですが、作者ご自身が「中心の2人はレズビアンだ」と公言されていました。

ということで、美味しいご飯と傑作GLを楽しみたい方は是非読んでみてください。お腹も心もいっぱいになります。


この記事が参加している募集

読書感想文