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【Netflixで話題】「クイーンズ・ギャンビット」でチェスに興味を持った人におすすめ!国内外のチェス漫画8選

【レビュアー/兎来栄寿】

Netflixで2020年10月23日に公開されるやいなや、超絶な人気を博している「クイーンズ・ギャンビット」。

公開から1ヶ月で6200万世帯が視聴し、Netflixの歴代新記録を樹立したそうです。

冷戦時代のアメリカで養護院に引き取られた少女・ベスが酒や薬に溺れながらもチェスの道で大成していく物語で、全7話とそこまで長くもないこともあり気軽に見始めて高い満足感を得られる作品です。

当時は、完全な男性社会であったチェス界で天才少女が男たちを圧倒していく様は痛快ですし、個人的にはベスがモチベーションを再起させるきっかけとなったエピソードが大好きです。

今、世界では『クイーンズ・ギャンビット』の影響でチェスブームが巻き起こり、Googleにおけるチェスのルールの検索数はここ9年で最多になり、チェス盤やチェス関連のアプリやサービスも飛ぶように売れているとか。

冬になるにつれてコロナが世界的に再流行の兆しを見せていることもあり、室内で楽しめるチェスの需要は今後も高まりそうです。

そこで、今回はおすすめのチェス漫画をご紹介……といきたいところなのですが、日本ではこれだけ沢山のジャンルの漫画が存在しているにも関わらず、実はチェス単体をテーマにした漫画は驚くほど少ないのです。

養父・剛三郎とチェス勝負をして、弟と共に養子になった『遊戯王』の海馬瀬人(かいば・せと)であったり、天才的な頭脳で駒を繰る「コードギアス」のルルーシュ・ランペルージであったり、チェスはスタイリッシュなイメージもあいまって小道具として使われることは多くありました。

『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』を読んで、チェスの駒の名前や「キャスリング」というルールを覚え、興味を持った方も沢山いるでしょう。

古くは1984年に『フレッシュジャンプ』で連載されていたチェスがモチーフに使われているアクション漫画、『チェックメイト』などもありましたが、純粋なチェス漫画となると非常に稀少です。

日本では、昔からこの種の盤上遊戯としては将棋が圧倒的に人気で、過去から現在に至るまでスター棋士たちの活躍やエピソードは枚挙に暇がありません。その結果、『月下の棋士』、『ハチワンダイバー』、『3月のライオン』など、将棋漫画の名作は数多く生み出されています。

しかし、それはある種『ヒカルの碁』が登場する以前の囲碁の状況に似ています。

今はまだ大ヒット作が登場していないチェス漫画ですが、今後『ヒカルの碁』クラスのチェス漫画が登場すれば、日本のチェスブームを牽引していく存在となり得るでしょう。

将棋の指し手はほぼ日本人だけで、競技人口が1000万人弱程度なのに対して、チェスは8億人に達するとも言われており、世界ではむしろチェスの方が大人気です。

アニメ化されるレベルの作品が出てくれば、世界も獲れるポテンシャルのあるジャンルだと思います。

これから先、そのような作品が出てくることを期待しつつ、既存のチェス漫画について語っていきます。

『盤上のポラリス』

『月刊少年マガジン』の2013年7月号に『ギャンビット オン ガール』という読み切りが掲載され、その後同作者により、2015年2月号から2016年4月号にかけて連載された本格競技チェス漫画です。

冒険に憧れながらその夢が叶わず、小さな島に住む小学5年生・一兵のクラスに、チェスでグランドマスターになるのが夢だというヒロインがやってくるところから物語は幕を開けます。

チェス未経験の主人公と共に学びながら進む物語の構成、実際にやってみたくなるような派手でワクワクするようなチェスの描き方、かわいいヒロインに追いつきたいという明確で共感できる動機、格好良くて手強いライバル、家族や対戦相手のドラマ……。

「これは素晴らしい王道チェス漫画が始まった!」と興奮した作品です。チェス版『ヒカルの碁』になるポテンシャルを確かに感じました。

単行本の幕間にはチェス講座もあり、これを読むだけでもそれなりにチェスの大まかな概要が理解できるようになります。読みながら基本的なルールを覚えたい、という方にはこちらをまずおすすめします。

全4巻で完結してしまっていますが、心の底からまだまだ続きを見たかった内容です。

『クロノ・モノクローム』

『週刊少年サンデー』にて2014年1号から2015年1号のちょうど1年間だけ連載された作品です。連載されたチェス漫画ではこちらが初です。

道半ばにして挫折してしまった14歳の天才チェスプレイヤーの少年が、国家間の代理戦争を、「モノクローム」というチェスで行う18世紀の神聖ローマ帝国にタイムスリップして繰り広げられる「歴史×チェス」のストーリー。

人間と対面して座れなくなり、チェスを打つには致命的な性質を持つ主人公が、特殊な状況下で再びチェスを打てるようになり、その鬼気迫る才能を発揮して荒ぶる姿を見せていくところは面白いです。

また、世界史オタクを自称する作者・磯見仁月さんが描く、美しくこだわりのある西欧の描写、歴史物としての面白さにも注目です。

余談ですが磯見仁月さんの作品はどれも面白く、甲子園の近くに住む少年たちが甲子園を目指す野球漫画『ナックルダウン』。最新作であるマリー・アントワネットに仕えたファッションデザイナーの祖である女性を描く『傾国の仕立て屋ローズ・ベルダン』。いずれもおすすめしたい名作です。併せてどうぞ。

『ユーリ・シルバーマン』

ビッグコミック スペリオール』に掲載された短編を収録した山本亜季さんの短編集『HUMANITAS ヒューマニタス』は、2010年代に発売されたすべての短編集の中でも、トップクラスの面白さで特薦の一冊です。様々なアプローチで「人間」に迫る筆力は凄まじいの一言。

その中の一作、2015年第23号・第24号に掲載された『ユーリ・シルバーマン』は、「クイーンズ・ギャンビット」と同じく冷戦時代のチェスの物語です。ただし、こちらはソ連側の人間を描いた話となっています。

ストーリーは、反体制運動を行ったという冤罪で強制収容所に囚われた青年・ユーリが、同室の元チャンピオン・ダルコと人の歯で作ったチェスの駒での対局に破れ、強姦されるところから始まります。

ユーリは生きて妻子と再会するために、過酷な日々を過ごしながらチェスの腕を磨き、やがて国を代表するまでになっていきます。

「チェスはいうなれば、思想の戦いだ。社会主義と資本主義、どちらを選んだ民族がより優れているか…その答えを我々は求めている。」
「チェスとは、ソビエト人民の知性の証。そして、他国を征する武器なのだ。」

という作中に登場するユーリの監視役であるゴドーのセリフが、時代背景を物語っています。政治的な思惑が絡み合い、運命に翻弄される中での人間としてのあり方に心を動かされる重厚な物語です。

『誘惑のチェス・ゲーム 非情な恋人』

とある罪を持ち、それを償うように日夜ダブルワークで働く23歳の美女・キャシー。

清掃業者として入った先のオフィスでチェス盤を見つけ、「触らないでください」と書いてあったものの、提示された問題をどうしても解いてみたくなり駒を動かします。

すると翌日、誰かがそれに応じて駒を動かしており、それに対してまたキャシーはひとつ駒を動かして……という出だしの、リン・グレアムの小説が原作の物語で『非常な恋人』シリーズの3作目です。

交互に、一晩につき一手ずつ、指し続けた相手と対面するというシチュエーションには、なかなかのエモさがあります。

プライベートジェットやファーストクラス、スイートルームには飽きていると豪語する、スパダリ系ヒーローにヒロインが見初められて関係を持つのはハーレクインのお約束。体を奪われるシーンにも上手くチェスが使われており、これ以上のハーレクイン×チェスはできないのではないかと思うほど。

物語のラストではとんでもないシチュエーションでチェスをしている姿も描かれます。チェスが絡む甘い恋愛ものを読みたい方にお薦めです。

なお後書きおまけ漫画ではカ○ジや藤原佐○が描かれており、盤上遊戯を描くとなるとやはりその辺りは意識されるのだなあと思いました。

『ステイルメイト』

表題作である『ステイルメイト』、そして『フールズメイト』、『オーバーステップ』、『チェックメイト』とチェス用語が用いられたサブタイトルを冠し、チェスを絡めながら叔父×甥の禁じられた関係が描かれる短編、そして筆者である青山十三さんの商業デビュー作品『手をつないで一緒に』を含む連作短編集です。

メインはBLで、チェスは添え物ですが、折角なので紹介しておきます。

甥との関係に葛藤するかわいいおじさんが見たい方におすすめです。

なお、本作に収録されている『擬人化でいこう』の凄まじい妄想力は一読の価値ありです。

『素晴らしきラプラス』

11月に完結巻である3巻が発売された『曝ク者!』の作者・波場章史さんが、2016年の『週刊ヤングジャンプ』での連載争奪企画「シンマンGP」にて描いた読み切りです。

誰も敵わないチェスの超天才を、テクノロジーの力を使って破ろうとする物語。人より遥かに才能に溢れていて、その上で極限の努力を積んでもなお、超天才には叶わず2位に甘んじて苦悩する主人公がとても良い味を出しています。

「善戦したから良かった」などとは微塵も思えない、ただただ勝ちたい、でも勝てないという葛藤を連載でも見てみたかったです。

現在もこちらで読むことができます。

『BLITZ』

何とこちらはモナコ公国発の作品で、フランス語圏で出版されたチェス漫画です。

原作は『Astroboy Reboot』のプロデューサーも務めたセドリック・ビスカイ氏が担当、作画は大内水軍というユニットでコロコロコミックでポケモンの漫画も描いていた西原大太郎さんが務めています。また、『エンジェルウォーズ』の真崎春望さんも共同シナリオライターとして参加しています。

日本では単行本未発売で、今後発売されるかどうかも不明ですが、第1話は「ジャンプ+」で読むことができます。

海外発ですが非常に第1話は正にジャンプ漫画の始まりという感触の、極めて日本漫画的な作品で、続きも気になります。今後、世界で流行っていく作品かもしれません。

『チェックメイト・ナイト』

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今年1巻が発売となった『そのへんのアクタ』や、前作の『うたかたダイアログ』で漫画読みから大きな注目を集める稲井カオルさんよるチェス漫画です。

ザ花とゆめ』の2012年5月号、8月号、11月号に連続掲載されながら、単行本には未収録となっている作品が『チェックメイト・ナイト』です。

花とゆめ』では同時期に囲碁漫画である『星空のカラス』であったり、少し前には『別冊花とゆめ』でTCG漫画『カードの王様』であったりと、少女漫画誌でありながら、チャレンジングなテーマに挑む作品も多く素晴らしいと常々思います。

国会図書館も現在抽選制でなかなか入れないこともあり、今回この記事を書くにあたって、残念ながら詳細を再確認できなかったのですが、8年前の記憶を辿ると、この頃からスタイリッシュな絵柄とテンポの良さ、魅力的なキャラクターでとても面白かったことはよく覚えています。

できれば、新規短編と共に紙で短編集という形で入手できれば一番嬉しいのですが、それが難しければ「マンガPark」に掲載などは難しいでしょうか、白泉社さん。

余談:「ジャンプっぽさ」について

ところで、「クイーンズ・ギャンビット」もそうですが、「梨泰院クラス」や「半沢直樹」など今年流行した複数の作品が「ジャンプ的である」と度々評されています。

圧倒的なライバルの存在や、成長しながら仲間との共闘で、逆境を乗り越えて勝利を掴んでいくところなどは、なるほど非常にジャンプ的です。

そして、そのこと自体が、「ジャンプっぽい」と言われて、それに対して共感できるほど王道の面白さの骨子が共有されている事自体が、ジャンプの偉大さを示しているとも言えるでしょう。

かつてジャンプ編集部に『進撃の巨人』が持ち込まれた際に、「ジャンプを持ってこい」と断って大魚を逃したという有名な話があります。

しかし、その後に吾峠呼世晴という、どう見ても「ジャンプ」ではない作家性をジャンプナイズして、『鬼滅の刃』を『進撃の巨人』以上にヒットさせたこと、そして最近のさまざまな作品の展開からもジャンプの強さを改めて感じる日々です。

WRITTEN by  兎来 栄寿
※東京マンガレビュアーズのTwitterはコチラ



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