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#2 父の教え

私の父は、変わり者である。
友人は、おそらくいない。

夏目漱石風に父を紹介すると、これが一番しっくりくる。

私の記憶だと、父は6:00に起床して朝日新聞を隅から隅まで読み通し、時間さえあれば文藝春秋の『オール讀物』を読んでいた。
さらに図書館で借りてくる10冊の小説を2週間で読み漁り、読むものがなくなれば、新聞にはさまっているスーパーのチラシまで読んでいた。

そんな父はお察しのとおり、基本的に無口。
会社での出来事や愚痴などを家で話しているのは、1度も聞いたことがない。

喋らない父を見ていたので「本の虫」という譬えを母から聞いたときは「あぁ、ほんとだ」と幼心に理解できた。

仕事終わりに飲みに行くなんてこともせず、釣りやゴルフといった趣味もなく、日曜日は必ず家族で図書館に出かける。
そんな父のルーティンに「友だち」たる登場人物は1度も出てこなかった。

つまり地球上で父は「私たち家族」としか深く繋がりを持っていなかったのである。

そんな父がつい最近、足を骨折して入院した。
複雑骨折による1ケ月以上の入院と診断された父は「痛かった~」とおどけて、怪我をした経緯を私に話す。

昨年から認知症の症状がではじめた父は、孫と一緒に遊ぶからか、おちゃらけて会話をするようになった。
まぁ、本人が元気なら良かった。…と思ったのも束の間。

2月17日、父の入院している病院から電話があった。
「お父さん、認知症が進んでいるようで、足を骨折しているのに何度も立ち上がろうとするんです」

父は家に帰りたがっているらしい。
そりゃそうだ。
家しか…家族しか大切にしてこなかったんだから。
そして何の縁なのか、病院から電話がかかってきたその日は、父の喜寿の誕生日だった。
日付なんて忘れているだろうに、よほど家に帰りたかったのか。

「家に帰りたい」と懇願する父の姿を想像してしまい、涙が止まらなくなった。

✳︎

日頃私は3人の子どもたちに「大大大好き」と言って抱きつく。
そして子どもたちも「ママのこと、大大大好きだよー」と抱きつき返す。

そこで私は「なんで『大好き』じゃなくて『大大大好き』なの?ママの真似?」と質問をしてみた。

「おーちゃん(私の父の呼び名)も、そう言って私をギューするから!」

なるほどね。
変わり者の父の背中を見て育った記憶はないけれど、家族への愛は父から教わったんだと気づく。



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