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ドイツバイエルン州のOberallgäu郡の認知症支援体制の調査

4月29日から5月3日の1週間、井藤・津田・Yanの研究チームでドイツのバイエルン州の南端に位置するOberallgäu郡に訪問して、地域の認知症支援体制について調査してきました。Oberallgäu郡はアルプスの山岳地帯から広がる丘陵地で、スキーリゾートなどの観光や酪農が主な産業となっています。今回は、その中心部にあるImmenstadt市(面積81.44km2、人口1.45万人)とSonthofen市(面積46.55m2、人口2.19万人)で、認知症のある人の支援に関わる行政担当者、医療介護専門職、有償ボランティア(dementia companion)、家族を含む合計21名にインタビューしました。インタビューの前後にデイサービスや、ボランティア同士の交流相談会、家族会、ボランティアの方の実際の活動の様子も見学させていただきました。最終日には、インタビュー調査での成果と、日本での同様の調査の結果を合わせて発表し、両国の地方部における認知症支援体制について議論をしてきました。

家族や隣人、ボランティアによる介護を優先するドイツの介護保険制度
ドイツは1995年に世界初の介護保険制度を施行したことで知られ、日本の介護保険制度にも大きな影響を与えました。両国の制度は、要介護度を判定して利用限度額が決める点や、自己決定を尊重して利用サービス等を決定する点など、共通点があります。大きく異なる点は、日本の介護保険制度のなかに位置付けられているケアマネジャーという職種が、ドイツの介護保険には含まれないことです。
ドイツの介護保険制度の特徴の一つは、在宅介護を明確に優先していることで、制度は家族や隣人、ボランティアなどによる介護・支援を補う位置付けであることです。例えば、保険給付を、介護サービスとして受けるか(現物給付)、または、家族等による介護に対する手当として受け取るか(現金給付)を選択することができます。また、現物給付の対象には、医療介護専門職によるフォーマルサービスだけでなく、ボランティアによるインフォーマルサービスも含まれます。ドイツの介護保険制度は、このように、制度の上で家族による介護とボランティアにインセンティブをつけています。

家族による介護の日独共通点・相違点
家族介護者の方3名をインタビューしました。認知症のある方の日常の介護や日常生活の支援、地域にどのようなサービスがあるのかを調べること、介護保険などの手続きの書類を作ること、使ってみたサービスが思ったようでなかったのでソーシャルワーカーに相談したことなど、たくさんの話がありました。介護をする家族の介護負担はどの国にも共通の課題です。介護家族が、ソーシャルワーカーに相談したり、介護講習会に参加したり、家族会で対話したり、工夫して介護をしている点も日本と同様です。
 
ひとり暮らしをする認知症のある母親を遠方に住む娘さんが介護するケースでは、東欧の隣国から出稼ぎで来ている住み込み介護者を雇っていました。この住み込み介護者は介護保険の給付対象ではないため、娘さんがご自分で探してきて雇っているそうです。その住み込み介護者の方は母国で看護師の資格を持つ経験豊富な方でした。ですが、制度等によってクオリティーコントロールされていない住み込み介護者は千差万別のようで、医療介護専門職のインタビューからは、言葉の壁やサービスの質について疑問視する意見も聞かれました。ドイツでは、日本のケアマネジャーのように介護保険制度でコーディネートの担当者が明確に決まっていないため、ご本人・ご家族にとっては、利用するサービスの自由度が大きい反面、情報を得たりすることに難しさがあるように感じました。

心理社会的な支援:有償ボランティアの活動と仕組み
介護が終わった後に、その経験を人の役に立てたいと考えて有償ボランティアとして活躍されている方にもお会いしました。有償ボランティアは、元家族介護者以外にも、様々な背景を持ち、地域の民間の福祉NPOに登録されます。ボランティアの方々は、NPOが主催する講習会や相談交流会に参加したり、定期活動報告を提出する際に看護師や社会福祉士の資格を持つコーディネーターのスーパーバイズを受けたりしながら、知識や技術のアップデートを図っていました。有償ボランティアの方たちは、認知症のある方とのコミュニケーションに長けており、友人のような立場で接している点がとても印象的でした。ご家族からの依頼でご本人を訪問して話し相手や相談相手になったり、買い物や病院への付き添いをしたり、散歩やサイクリング、時にはスキーなどの余暇活動を一緒に楽しんだりしています。彼らの主な役割は、へルパーのような身体介護や家事支援ではなく、心理社会的な支援です。
 
心理社会的な支援が認知症のある方のwell-beingに寄与することには多くの科学的根拠があります。ですが、認知症のある人が、地域の中で心理的な支援を提供するサービスを見つけられない、または、そもそもサービスが存在しないということが指摘されています。日本では、ドイツの有償ボランティアのような「友人としての支援者」を個別にマッチングするような仕組みは浸透しておらず、医療介護専門職が心理カウンセリングにあたる役割を担ったり、ピアサポートなどで友人を見つけたりしています。認知症のある方にとって、ピアサポートなどの集団の活動の場に出かけることにハードルがあり、また、認知症の有無に関わらず、集団を好まない方もあると感じます。ドイツの有償ボランティアの方たちの活動や仕組みは、日本の認知症支援にヒントになると思います。


たくさんのインタビューと見学から、ここには書ききれないほどの学びや発見がありました。1週間という短い期間でしたが濃密な調査ができました。滞在最終日には、今回のインタビューのコーディネートをしてくださった市役所職員の方が研究発表会を企画してくださり、インタビューに応じてくださった方々を中心に、30名近い参加者がありました。発表とディスカッションを通して、中山間地の認知症支援体制について日独の比較をしながら理解を深めることができました。


この調査をコーディネートして全面的にサポートしてくださったChristiansen-Lammel氏と、インタビューのドイツ語―英語通訳を担当してコミュニケーションを潤滑してくださったWende氏、また、調査に協力してくださった皆様に心よりお礼申し上げます。


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