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#158 『耐え抜くところから信用はついてくる』

本日は、元エーデルワイス社長の比屋根毅さんの「耐え抜くところから信用はついてくる」についてのお話です。沖縄県石垣島のサトウキビ栽培農家に生まれた比屋根毅さんは、子どもの頃に読んだ本がきっかけとなり、世界を舞台に仕事がしたいと思い、通信士を目指します。

15歳の時に、島を出て那覇市で2年間を過ごした後、大阪の製菓会社に就職します。働きながら通信士の勉強を続けていた時、社長から「この世界で頑張れば、洋菓子の本場であるヨーロッパに行かしてやる」と言われ、菓子職人として生きていくことを決意します。その後、全国菓子大博覧会で大賞を受賞したことを機に、28歳で「エーデルワイス」を創業します。全国菓子技術コンテスト内閣総理大臣賞はじめ、国内外での受賞を獲得した方です。

比屋根さんについては、以前のお話でムッシュマキノオーナーシェフの牧野眞一さんが語っています。


今回のお話は、比屋根さんがエーデルワイスを創業して間もない頃のお話で、会社を大きくしていく決断やその過程で直面した困難に立ち向かう姿勢を中心に語られています。困難や試練があった時に、どのように立ち振る舞うか、どのようにその状況を受け止めるのか。その考え方が比屋根さんから感じ取ることができました。

「耐えて耐えて耐え抜くところから信用はついてくるのではないかと思います。」

"当時の大阪の菓子屋では職人が自分で作った菓子を、喫茶店とかパン屋さんなんかに直接売りに行ったんです。売れ残ったら給料から引かれます。必死でした。ベテランは得意先を持っているからいいですが、僕にはあてなんかないからいつも売れ残ってしまう。そこで実は生活が苦しかったもので空手を教えに行っていたんですが、その弟子がたくさんいる。こいつらを使ってうまく売る方法はないだろうかと考えたんです。で、大阪の戎橋という橋の上で、パン箱にケーキをずらっと並べて、空手の弟子にどんどん売らせました。それが当たりまして、最高の売り上げを上げました。この時のことを思い出した。「そうだ、あの時のように外に売りに行こう」と思ったわけです。これで買いに来なかったら、もう店を閉めようと、捨て身の覚悟でしたね。"
"この作戦が功を奏し、一流企業がお客さんへの土産に使ってくれるようになりました。そこから運が広がっていったんです。お客さんがお客さんを呼ぶというのでしょうか。1,2年する頃には売上100億の店を目指そうと思い始めました。まだ売上何千万円の頃です。菓子業界で、明治とか森永のようなところは別として一職人が独立して100億の店を経営しているところはありませんでした。"
"どうしてそんなことを思いついたかといいますと、本田宗一郎さんとかソニーの創業の頃の話を書いた本を読んでいたんです。ソニーの盛田さんとか多くの偉大な人たちが「成功するためには大きなことを言わなければいかん。有言実行だ。大きな風呂敷を広げることが必要なんだ」と言っているんですね。そういうことに刺激を受けて当時の日記に、「菓子屋のソニーになるんだ」と書いているんですよ。で、100億を目指そうと思った瞬間から「よし、このままではいかん。もっと拡大していこう」と考えまして、今度はシステムの勉強を始めました。アメリカやヨーロッパに行ったり本を読んだりしましてね。"
"その後も試練は何回もありました。特にきつかったのは、創業7年目の現在の本部センター中央研究所を当時としては年間の売上に匹敵する借金をして建てた時です。心労で円形脱毛症になり、頭は禿げ、顔には黒い斑点がたくさん出ました。3年間くらいは人前に出られない状態でした。''弱り目に祟り目''と言いますが、その頃に営業は売上金を持ち逃げするわ、経理は不正するわで悪いことが一時にどっと起こりました。しかしこういう時に支えになったのは、僕が育てた職人たちです。彼らは一人も裏切らなかった。"
"僕は試練にあった時にいつも思うことがあるんです。「神様は僕を一回りも二周りも大きくなれよということでいまこの試練を与えてくれているんだ」と。そう思った瞬間から試練を快感に感じるんですよ。うちの会社の社是は「忍耐と信用」ですが、耐えて耐えて耐え抜くところから信用はついてくるのではないかと思います。社員に一番口やかましく言うのは「苦しみの中からしか人間としての成長はないんだ。楽をしようとしたら駄目だ。神様は絶対にいいことは与えてくれない」ということです。"


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書籍『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』
2021/06/07『耐え抜くところから信用はついてくる』
比屋根毅 エーデルワイス社長
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※Photo by Marek Piwnicki on Unsplash