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#350 『命懸けで人の話を聴く』

本日は、臨床心理士の皆藤章さんの「命懸けで人の話を聴く」についてのお話です。

"話を聴いている、というと「聴けばいいんですか」「誰にでもできることですね」と思う人がいらっしゃるでしょうけど、臨床家として私が意識しているのは命懸けで話を聴くということです。一人の人の声に50分間、ひたすら耳を傾けます。「ああしたらいい、こうしたらいい」という話は一切しません。"
"語り手の命の呼吸を一心で受け止められるようになるには、途方もない訓練が必要でした。人の心を知るには、まず自分が何者であるかを知らなくてはなりません。ユングの心理学は夢の分析を行い心の奥底を見つめるのですが、私は自分が眠っている時に見た夢を分析して、河合隼雄先生に報告に行くというトレーニングをずっと続けてきました。でも、先生はいつも私の話を黙って聴くだけで、ひと言も何もおっしゃらない。「皆藤さん、きょうで訓練も終わりやな。よう頑張ったな」というお言葉をいただくまでに実に10年以上がかかりました。"
"ある時、これは私が臨床でやっている魂のお世話をすること、命懸けで話を聴くことと同じではないかと気づきました。相手の命が自分の中にグッと入ってくる瞬間は、まさにそれではないのかなと。別の言い方をすると相手の命の声を聴くことでもあるし、祈り、沈黙というものに近いのかもしれません。"
"臨床心理学は本来、人間の弱さをなくすための技術や技法を学ぶ学問です。もちろん、病んだ部分を治していくのは臨床心理学に限らず西洋の医学や科学全般に言えることではあるのですが、私の経験で申し上げれば、治るのは患者さん本人の力であって、私の力で治したというのは決してあり得ないということです。"
"河合先生は京大を定年退官される最終講義で「何もしないことに全力を注ぐ」とおっしゃっていました。これは相手との一体感の中に自分がいる、という意味で、ものすごい言葉だと思うんです。我われはともすると、誰かを何とかしようとして心をいたずらに傷つけてしまった李、わかってもらえない気持ちを増幅させてしまったり、患者さんのためにならないことを多くやってしまうことがあります。"
"そうではなく、患者さんの弱いところ、傷ついているところ、辛い思いをしているところに共に寄り添う存在になることこそが大事だと思います。その時、もし自我みたいなものが表に出てくると、患者さんはとても嫌います。私は患者さんたちの命に寄り添うことによって、人間の愛おしさ、尊さというものをすごく学んだと思っています。"


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書籍『1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』
2021/12/16 『命懸けで人の話を聴く』
皆藤章 臨床心理士
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※Photo by Charles Deluvio on Unsplash