きっと誰のことも、こんなに好きにならないだろう。ーー成長小説・秋の月、風の夜(72)
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「あの」四郎が口ごもって、結局奈々瀬の言葉を待った。
――四郎あのね、すごく私に言いづらい話だったのに、話させようとしちゃった。
「やって電話かけたの俺やし、まとめれやへなんだし、迷惑ばっかかけて、ごめん」
――あのね、迷惑って思えないの。声をきくだけですごく嬉しいの。
話がつっかえても、それでも電話がうれしいの。
だから電話をしてくれたこと、すごくうれしいの。
四郎は黙ったままでいた。
すずやかな声を聴けば聞くほど、のどが、上胸が、つまっていく。
ひたすらふさがっていくわけではない、なにかが、あふれるようにいっぱいになっていく。
きっと……きっとこの人以外の誰も、こんなに好きにはならないだろう。
どれだけいろいろなことを許してもらっただろう。
そうして、たぶん、……不器用、という形容詞がついて、ほほえまれる程度を超えている。
せめて、高橋との会話ぐらいの流れがないと、奈々瀬にとってはストレスがありすぎるだろう。
自分にとっても……先がよくわからなくなっていく。
「奈々瀬……」
――なあに。
名前を呼んでみた。気もちがぎゅうっとした。なあに、という声が耳を打った。
なあに、という聞き返しが、とても甘くてやさしい。
四郎自身にはできない聞き返し。高橋は、していたな。
「声、きけてありがと。おやすみ」言うだけ言って、通話を切った……
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「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!