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親友預けてなきゃブルドーザー借りてきて埋めるぞ!--成長小説・秋の月、風の夜(109)

クラッシャー宮垣、勝負あったとばかりにつづける仕方話(しかたばなし)。

「最初の表面をとりのぞくだけで、おれもなかなか手こずった。

血の濃い先祖返りも代々、癒着した圧縮ぶりで目のおくから身のうちにぐっしゃり、ぎゅうづめにされておるもんでナ。
四郎の目は、有馬さんはひどく怖いだろう。おれでさえ怖い。
絵描きの雅峰(がほう)だけだナ、いまあの目をまっすぐ見られるのは。
あの目の奥は、先祖返りへのとばくち……とでもいおうか。

神経の奥へ奥へと、まるで不浄霊の累乗のようになっている。
体の外へ追い出した分は、まだ全量の1/100というところか」

全体量を見切っている。高橋は息をひそめて宮垣を見た。そこはさすがだ。
有馬は蒼白になり、宮垣は話をつづける。

「四郎が苦しんで苦しんで、自分の身をいためるように暴れるもんでナ。
りきむぐらいならすがっていろと俺の胴体につかまらせて汗びっしょりで施術を続けた。
あいつは、せんせい、せんせいと言って、泣きながら耐えていたよ」

高橋は鼻白んだ。(だからさ! 四郎をあんたの自慢話の演出に使うなっての。気分悪いぞ、くそじじい)
際限なく腹の底が沸騰する。高橋は顔を伏せた。

それを知ってか知らずか、宮垣の話はさらに続く。
「ほぼ毎日、うちへ来させてな。繰り返して繰り返して、いまの時点で、理性のおさえがきかなくなる時期を、満十九歳だったとこからはじめて、満二十一歳ぐらいまでは伸ばしたつもりだ。
こんごも、かなりシビアな追っかけっこになるのは承知だ。
だが数ヶ月ずつのばしてのばして、いつか、暗い因果から脱出させきってやりたいと思っている」

高橋はわなわな震える自分を抑えるのに必死だった。そしてのどへと激しく湧き上がる罵倒をおさえるのに必死だった。

(そんな結果にできてんなら教えろじじい! こっちはヤキモキして下手に出てあれこれ聞いてやってんだから! もったいぶりやがってくそ野郎! だいいち全体量の見当がついてることを、四郎か僕に言え! たち悪いぞ! てめーが思った通りの仕事を他人にさせられねーのは、共有しなきゃならんことを、そうやって次々伏せやがるからだろ! 四郎預けてなきゃブルドーザー借りてきて埋めるぞコラ!)

内心はげしく宮垣に毒づく。
そして大きく深呼吸した。

高橋、表情は全く怒りをみせず言ってのける。
「さすが宮垣先生! 助かりました……四郎が無事に生きられます」目に涙。実は憤怒の悔し涙だ。

宮垣は、
(ふっ、しらじらしいな雅峰。そりゃあ、ワニのそら涙というやつかよー。この嘘つきが。おなかにあることぜんぶ言ってごらん。二枚舌どころか舌何枚隠してんだ、面の皮の厚いこって。四郎がかばわなけりゃー、歯の二本や三本飛ぶようなハイキックかましてやりてえってんだよ)
とでも毒づくところ、有馬の前でかっこよくのっかった。

「雅峰、四郎のいのちは引き受けた!」

ふと悪い癖で、
「……で、代わりにお前、親友のためなら何でもするとの言葉、武士に二言はないな」とつけ足す。

「何を言われているのかはよくわからない、しかし確かに、二言はない」という言葉が、ときにある。
今回もそうだった。そして高橋は直感的にこう言った。

「ありません」

宮垣はニタリと笑った。
「よし。大手を蹴って泡と消えた接待、お前に持ってもらおう」
高橋は真顔で即座に「かしこまりました」と返事をした。内心(マジかよ、なんで僕だよ!)とは思うものの。

有馬先生は目をむいた。「宮垣先生、あんたほんとに、……くせのわるい」と、つぶやいてそっぽをむいた。

帰りしな、それでもこころみる、有馬青峰さいごの一撃。
「だいじな四郎君が、命は伸びても、まちがった道に持っていかれたらとんでもない。なんせお師匠さんは二人殺しちゃってるお人だからねえ。私もときどきのぞかせてもらうことにするよ。いい取材だ、武術家で治療家のお仕事拝見できるんだから」

かろうじて嫌味を言ってみた有馬は、宮垣の眼光に押されて、それ以上のことを何もいえなかった。


お見送りします、とエレベーターまで出て、高橋は宮垣と有馬に別れを告げた。
最敬礼でエレベーターの扉が閉まるのを見送った。いやむしろ、勝ち誇った宮垣の顔を見るのが嫌さに、ふかぶかと最敬礼をした。

エレベーターの扉が閉まり、下の階にエレベーターがおりていくのを見届け、高橋は荒い息をついた。
……終わった。きつかった。

高橋は、ひとりで重役会議室に戻り、やっとこさ一人になった放心から、こらえかねてすすり泣いた。
こんこん、とノックの音がした。「どうぞ」と高橋は返事をした。
顔を覆ってうつむいたまま……

ノックの音が、四郎の叩き方だったから。

「有馬先生と宮垣先生」四郎はごちゃごちゃした資料をかかえてドアをあけ、「あ」と声をあげた。
「遅なってまった俺、やっぱり手際悪い、あかんて……仕事できんやつやー」そして資料を会議室の机に放りだし、高橋にこっそりした声をかけた。

「……泣いとるの?」

こくり、と高橋はうなずいた。「あとすこし、こうしてていいか。おちついたら……話す」

四郎は高橋の背に、そっと手をあてた。
「わかった」

ため息と涙を体の外に追い出しながら、高橋はぼんやりと思った。
(この会議室の、重々しすぎる灰皿とライター、誰かを殴った跡、あるかもな……)

「深刻になっちゃだめだ。どんなに深刻な状況でも、笑って越えなきゃあ……じゃないと、まいっちまう」
泣きながらぐじゃぐじゃと、そんなことを言って、そして泣いた。四郎の手が、背中にあたたかかった。


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もくろみ・目次・登場人物紹介

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!