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成長小説「秋の月、風の夜」100-

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死ぬほど難しいはじめてのキス。 迫りくるタイムリミット。 親友を生き延びさせるために、とった行動…… 四郎と高橋が「中の人」として活躍する、成長小説。0-99のつづき。100話以… もっと読む
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もくろみ・目次・登場人物紹介--秋の月、風の夜(0)

もくろみ・目次・登場人物紹介--秋の月、風の夜(0)

【もくろみ】
一連の「成長小説(ビルドゥングス・ロマン)」のうち1作分。

21世紀日本で成長小説をやろうと思う。
ここでする仕事、しちゃいけない仕事。
こんなストーリーで我々はこういう設定。

<ラフメモ、備忘コピペ、下書き、没原稿、筆者のメモ(「こうしたい」「この後こうするつもり」等)、図解のupほか>素材と作業がnoteの中で仮脱稿まで完結するよう試みる。仮脱稿まで取材とインタビューなしでつ

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ごみ箱でいることを、もうやめます。ーー成長小説・秋の月、風の夜(100)

ごみ箱でいることを、もうやめます。ーー成長小説・秋の月、風の夜(100)



四郎が軽めに夕食を終えると、宮垣は食事中の自分の膳を片付けてしまった。
「そっちに腰かけてごらん」と壁際を指さし、「こいつに着替えちまえ」と、やわらかいコットンのハーフパンツとTシャツを投げてよこす。

着替えた四郎が壁際へよると、宮垣は「よっこいしょっと」と片膝をついて、四郎の腰骨に右手をぐいっとかけた。

(あっ……骨盤の内側か……)四郎は切なそうな表情で、目をつむった。

「なんだ青年

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こんなにしてやっと、力みと構えを忘れられる。かわいそうなやつだーー成長小説・秋の月、風の夜(101)

こんなにしてやっと、力みと構えを忘れられる。かわいそうなやつだーー成長小説・秋の月、風の夜(101)



「さあご先祖さんたちや。こいつは四部作を書ききるまでは、俺の弟子にしちまうんだ。
どっちが強いかはお前さんがた、よくわかってるだろう。束でいたって、体もない、性根も下劣、心も弱いもんには負けやしねえ。くやしくてもかかってこれねえんだから、とっとと出やがれ。

子孫を食い物にするような、腰抜けの未浄化霊のままぐずぐずしてねえで、成仏してから格調の高さで、俺をさとしにきやがれィ。
体があろうがな

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きぼう。とまどい。のぞみ。ーー成長小説・秋の月、風の夜(102)

きぼう。とまどい。のぞみ。ーー成長小説・秋の月、風の夜(102)

#20 希望 / 絶望「起きてみろ、四郎」宮垣がにやにや笑っている。

四郎はねっとりした睡眠から、ねばりを払うように目覚めた。

「……はぁあ……」

全身が、もったりと重い。

「……ぁいたぁ……」  重いだけではない、あちこちが痛い。しかも服が汗でぐっしょり濡れている。よろよろと四郎は立ちあがり、まるで生まれたての小鹿のように足元もおぼつかなく移動した。直立できていない。準四つ足、といってい

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気持ちを言葉に乗せること。--成長小説・秋の月、風の夜(103)

気持ちを言葉に乗せること。--成長小説・秋の月、風の夜(103)



夜八時。

どきどきしながら自室で電話を待っていた奈々瀬に、高橋から電話が入った。

「こんばんは」
自分の声が嬉しそうにひびきすぎて、奈々瀬はどぎまぎした。

――四郎がうろたえてた。動転して時間も押してたんで、うっかり電話で「さようなら」って言ったらしいんだけど。本当?

「さようならは、言葉づらはそうなんですけど、じゃあまたねの意味というのはわかっているので大丈夫なんです。
それよりわ

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何もかも持ってるお育ちのいいヤツは、いけ好かねェんだっ!--成長小説・秋の月、風の夜(104)

何もかも持ってるお育ちのいいヤツは、いけ好かねェんだっ!--成長小説・秋の月、風の夜(104)



「はいどうぞ」
ドアから入ると、前の客を治療中の宮垣が、施術ベッドから高橋の方に来た。
「はじめまして、高橋です」と、高橋は宮垣に頭を下げた。

「書いてきがえといて」と、宮垣はカルテを高橋に渡し、施術ベッドへ戻っていった。高橋は「はい」とこたえたが、宮垣のそっけなさが気になった。

前の客が帰り、きがえた高橋は宮垣に「嶺生(ねおい)四郎くんの様子を、教えていただけますか」と話しかけた。

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世界の果てに逃げられる切符があったら。--成長小説・秋の月、風の夜(105)

世界の果てに逃げられる切符があったら。--成長小説・秋の月、風の夜(105)

#21 この世の果て家族と夕食の時間がずれてもいいように、あたためるだけの作り置きのハンバーグを人数分と、大盛のポテトサラダと、味噌汁。
奈々瀬は朝のうちに、弟にいろいろと指示をしておいた。

学校では、不審者に注意するようにとの通達があった。帰宅途中の生徒が、なんと学校からわずか八分のところで襲われたらしい。
いやな話をきいた、と奈々瀬は思った。昨冬自分が似たような目にあったあとと同じような注意

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いつかのある日、絵になるんだよ。--成長小説・秋の月、風の夜(106)

いつかのある日、絵になるんだよ。--成長小説・秋の月、風の夜(106)



奈々瀬はじいっと聞いていた。

聞きながら、いつか高橋がしたように、指であごと唇にふれてみた。

それだけでは終わらさず、まるでその続きを体験してみようとするかのように……

もう片方の手のひらでゆっくりと髪をなで、その手で首から背中をなでていった。

奈々瀬が感じる自分の手は、高橋の分厚い大きな手と全く違って、小さくて頼りなくて指がほそくてうすっぺらかった。

今ほしくてほしくてしかたがな

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そのハナシをぺろっとここで言っちゃう!ああもう。--成長小説・秋の月、風の夜(107)

そのハナシをぺろっとここで言っちゃう!ああもう。--成長小説・秋の月、風の夜(107)



舞台は変わり楷由社(かいゆうしゃ)。社長室よこ、重役会議室。
重厚すぎてひとごろしに使えそうなライターと灰皿の置いてある、あそこである。

その楷由社の重役会議室。例によって逃げ出した社長、樫村譲(じょう)のかわりに、仕切るは雅峰(がほう)・高橋照美。
さいぜんから高橋を間に、にらみ合う有馬青峰・宮垣耕造の両御大。

腕組みのまま微動だにせぬ宮垣にむかい、有馬がいっしんに、担当嶺生(ねおい)

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おねがいします!と平伏してみる--成長小説・秋の月、風の夜(108)

おねがいします!と平伏してみる--成長小説・秋の月、風の夜(108)

#22 男の土下座「なに、なんなの、今の話」有馬がぎょっとした顔で高橋を問いただす。

「宮垣先生、有馬先生」高橋はうずくまりついでに、椅子から落ちるように床で土下座ポーズをしてみた。
「お二人を男とみこんで、お願いします。 “峰の先祖がえり” の話を、この場限り、誰にも話さず墓場までお持ちください」

さらに一段、平伏する。「お願いします」

土下座の高橋に降ってくる、クラッシャー宮垣の嫌味なだ

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親友預けてなきゃブルドーザー借りてきて埋めるぞ!--成長小説・秋の月、風の夜(109)

親友預けてなきゃブルドーザー借りてきて埋めるぞ!--成長小説・秋の月、風の夜(109)



クラッシャー宮垣、勝負あったとばかりにつづける仕方話(しかたばなし)。

「最初の表面をとりのぞくだけで、おれもなかなか手こずった。

血の濃い先祖返りも代々、癒着した圧縮ぶりで目のおくから身のうちにぐっしゃり、ぎゅうづめにされておるもんでナ。
四郎の目は、有馬さんはひどく怖いだろう。おれでさえ怖い。
絵描きの雅峰(がほう)だけだナ、いまあの目をまっすぐ見られるのは。
あの目の奥は、先祖返り

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ただ、聞けるように。--成長小説・秋の月、風の夜(110)

ただ、聞けるように。--成長小説・秋の月、風の夜(110)



四郎に炭酸水を買ってきてもらった。
顔をざばざば洗って、高橋は、ふーーーっと息をつき、思い出したようにネクタイをゆるめた。そして会議室へ戻る。

宮垣が明かした話を、手短に四郎に共有した。
案の定、四郎は初耳だった。

「宮垣先生も、奥の人んらどうしてええかわからへんのやな……。ほんでも、俺が衝動的に夜歩きはじめる日が、今二十一歳ごろまで伸びたで、いずれ二十五歳とか三十歳にものびるかもしれや

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泣いてンだけど笑うよな、このしけった匂いがさ。--成長小説・秋の月、風の夜(111)

泣いてンだけど笑うよな、このしけった匂いがさ。--成長小説・秋の月、風の夜(111)



四郎は、自分のことにもかかわらず、案外けろりと言った。
「そこはさ、宮垣先生、この情報が渡っとればこの人安心かなーとかいう感覚は、ない人やでさ」

「なくてすむのか!? それでいいってのか」高橋は悔しそうに荒い息をつく。

「お前ほど気はきかん人なんやろう。気をつけて内緒にしてくれとった有馬先生に、宮垣先生からバラされて、ぎょっとしたんか」

「あ、ああ、それはある」
それだ。まさにそれだ。

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きわめてキケンな場所。--成長小説・秋の月、風の夜(112)

きわめてキケンな場所。--成長小説・秋の月、風の夜(112)

#23 くぎをさすそう言われながら、高橋は接待のことを四郎に黙ったままでいた。
だって接待先には、ご先祖さまにとっての「エサ」がうじゃうじゃいるわけだから。とても四郎には打ち明けられない。

シルバーのA4アバントの後部座席から、宮垣耕造が降り立った。運転席からは高橋照美。
駐車場からエレベーターで上がり、クラブのドアをあけると「いらっしゃいませ」の声がかかった。理恵ママが女の子たちと出迎えて、席

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