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怨霊さんに作業させてますなう。ーー秋の月、風の夜(43)

高橋は奈々瀬に話しかける。「四郎のかわいそうなトコはさ、同世代の男子なら“いいなぁ……とってもいい……”ってぽけーっとしてるようなところを、何度も、“あかん”って言ってるトコ。気づいた? 奈々ちゃん」

奈々瀬は四郎の顔を見ながら、高橋に答える。四郎の顔は見ていたいけれど、目はこわくて見られない。シャープなあごのラインを見ながら話す。
「気づいてました。しっかりしろ、きちんとしろって縛りを、おじいさんやお父さんから、これでもかってぐらい入れられてる。ご先祖さまも、勝手なこうじゃなきゃだめってモノサシで、ダメ出しを繰り返してる。奥の人たちも、もともと無理なことなのに、何とかしろ何とかしろって強いられて、それでがんじがらめになって、身動き取れなくって、半分自滅したようなもんでしょ」

――しっかり、か

奥の人だ。四ー五代にひとり出続ける「峰の先祖返り」の、癒着して渦のようになったたくさんの不浄霊。
自嘲が、たんなる自嘲が、えげつないほど強い。

急に奈々瀬が口を開いた。
「ねえ奥の人さん。単なる自嘲に恨みとか絶望とか憎悪とか混ぜてるの、それ自分でとりのぞいてください!」奈々瀬は四郎のみぞおちあたりの奥の方に向かって、ちょっときつめに声を発する。「四郎の大脳・脳幹・視床下部・側頭葉、ちょびっとだけ借りて、やっちゃえるでしょ、今」

「えっ? 乗っ取り?」高橋がおびえたような声を出す。「奥の人、控えめに借りてね、多く使わないでね」思わずYシャツの腕をぎゅっと握った。そして、まっすぐ話す奈々瀬のはねっぷりに、うろたえた。不浄霊は普通、念が凝り固まっているか錯乱しているかで、話にならないことが多いのに。しかも恨みとか絶望とか憎悪とかで成仏できなくなっている本人たちに、それを自分で取り除けと?

ちらりと高橋を見て、奈々瀬は「奥の人」に追加で注文を出す。
「奥の人さん、パワーはあるくせに、ほんとこどもみたい。四郎がずーっと困ってるでしょ? 自分の分ぐらいやってあげてください。何百年もいすわってるくせに、自分の散らかしたトコお片付けできないなんて、だらしなくない? 私と一緒にお片付け、する?」

「奥の人」にもお姉さん……

四郎のみぞおちにむかって、きゃんきゃんと説明を続ける奈々瀬。奈々瀬には、奥の人の油断のならなさへの躊躇が全くない。まるで巴御前のなぎなたのように果敢だ。
高橋はそれを、ぼうぜんと見ていた。

「奥の人さん……」奈々瀬がぷっと片頬をふくらます。「ええとねー、まず自分に絶望してる感じ、やめてね。私が一緒になんとかするから、この先何百年も絶望してるの、今やめよう? 取りのぞき方は、このあたりまでポイントする感じ。
もっともっと先、奥のほうまで追っかけて、……四郎の体の物理的な反応の位置は、脳の電気信号と神経系と、細胞記憶へのつながりで把握しといてね。

物理的な位置じゃなくて、私が奥のほうまでって言っちゃったのは、右脳が感覚してる気配の位置感覚。そっちもっと深く追っかけて、……それこじれにこじれた最初の一件目の気配だってわかる? 最初の一件目からかぶせて消すイメージ。ひどい気分だったね、もう体ないから、その記憶持ってなくていいよ、捨てちゃって、って声をかけて」

――こうか

高橋がもうひとつ驚いたことに、奥の人も奈々瀬に対してまともに答えて相手をしている。高橋と奥の人との間の、「言葉はあまり通じないが、親友同士ではある。なんとなく人だったころの感覚がわかる気がする」という関係性とは、明らかに違いがある。

ほんのちょっぴり脳のエリアを四郎に借りて、奥の人は案外まじめに、奈々瀬のいうとおりに感覚位置を特定する。単なる気配だけれど、特定されていた記憶の強さや内容が、うすれて変わったとわかる。

「奥の人さん、やればできる子―。上手――。すごくクヨクヨしがちで、内側にためちゃう自分たちの性格、わかる? まずはそれでいい、って言ってやって。それじゃだめだって否定と禁止を繰り返すから、よけいにためちゃうの」

――ええんか

「いいの。否定したぶん禁止したぶん、余計に反動でやっちゃうから。二重に無駄だから。奥の人さんが弱虫な分、私とか高橋さんとか四郎が助けるからいいの。

クヨクヨしがちでも助けてもらえる前提で、俺らって結構クヨクヨするんだよねーって言ってれば、嫌われないから。しっかりしなきゃだめって余分に責めてクヨクヨすると、自分にも他人にも腹が立つから、おそうじしてない迷路みたいにめんどうくさいことになるの。

それを感じてつられるのは苦しいから、人は居心地わるくて離れていっちゃうの。そういう組み立て」

結構はっきりめに、奈々瀬は説明した。



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マガジン:小説「秋の月、風の夜」
もくろみ・目次・登場人物紹介

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!