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言ったの? さようならって!? ーー成長小説・秋の月、風の夜(88)

前を向いたまま、青信号で車を発進させる高橋の顔には、ニヤニヤ笑いが浮かんでいた。
「四郎お前、自分と僕を比べちゃってしょんぼりしてる」

「えっ」

「僕が対面話法やペース合わせや呼吸を、かーなーり、泣きながら訓練した結果、今うまく話せてるいきさつ、知らないからだろなー」

四郎は意外な盲点に、おどろいた。

「僕が鹿野課長を、一生懸命協力してくれる人として巻き込んだとき、お前、口ぽけっとしてた。あはは、わかったぞ」
「俺逆立ちしたってあんなことできやへんもん」

「心にもないのに感激とか言えるのは、僕にとっては、お前のハナがいいのと同じくらい無意識で朝飯前だからな」

「えっ、それ生まれつきなんか」

「生まれつきなのか、僕の感情が表面と奥底で乖離してるからできる病理かは、わかんない。たくさんの客先にスピード感を持って入るから、使ってるだけだ。自分で誇らしく思わない」

「……そうなんか……」四郎は長いまつ毛を伏せた。
「便利に使えよ、僕特有の技能だ。そしてまねしようとするな。文学をあつかうお前には、今にかぎっていえば有害だ」
そんな風にあっさりいってのける高橋に、四郎はのどがつまる思いを持った。

「で、奈々ちゃんのことって?」

「あの」四郎はぎゅーっと目をつむって、そして黙った。
「なに、どうしたの。奈々ちゃんに電話かけてよ」高橋は不審に思いながら言ってみた。
四郎は目をつむったままだ。「もう、かけれん」
「えっ、何があった」
「けさ、昨日ごめんなてって。電話して話がむつかしいなってさ、俺うっかりさようならてって電話切ってまってさ」

「さようなら!?」高橋は叫んだ。

「俺奈々瀬と話すと迷路みたいになって、右往左往するのが自分でもいややん……」四郎は小さな声でつぶやいた。
「どういうむつかしさが、何の内容について、起こったわけ」高橋はあくまで、事実ベースのふりかえりを求める。

「俺右往左往するの奈々瀬も迷惑やろうで、奈々瀬と高橋がつきあったらどうやろうてって話をもっぺんして。そうしたら奈々瀬は、そうするとしても、ファーストキスは俺にてって」
「うわーなんと大胆な発言ー。そして奈々ちゃんらしいーー」高橋はうれしそうにウィンカーを出した。

「それだけやのうて、俺がはじめての人やとええてって」

「うっそそれってさあ!! 奈々ちゃんてば、四郎に、あげたいわ。ってハナシ?」高橋は思わずタテノリで体をゆすった。

「あまりにも動転してまって、意味を確認できとらん」四郎は両手で頭を抱えた。「そんな話が向こうから出て急に、声が固く冷たくなって、ごめん優しくなれない疲れた、てって向こうが言って、ほんで朝やもんで時間が押しとって俺うっかりさようならてって」

「深いレベルで意見交換できてるから、悪い状況じゃあないんだけどなあ。おはねちゃん的には、はねすぎて息切れしたわけだな」
「俺なにがなんやら、もうわけわからへん」
「ええとそれは、なんかのスポーツの県大会敗退校がいきなり全国大会決勝を戦っての感想のようなものだな」高橋はすがすがしい答え方をした。「一気にむずかしい試合運びだったので、ふりかえりにおいても、一時的にわけがわからないだけだ。善戦したぞー、四郎」




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マガジン:小説「秋の月、風の夜」
もくろみ・目次・登場人物紹介

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!