見出し画像

おねがいします!と平伏してみる--成長小説・秋の月、風の夜(108)

#22 男の土下座

「なに、なんなの、今の話」有馬がぎょっとした顔で高橋を問いただす。

「宮垣先生、有馬先生」高橋はうずくまりついでに、椅子から落ちるように床で土下座ポーズをしてみた。
「お二人を男とみこんで、お願いします。 “峰の先祖がえり” の話を、この場限り、誰にも話さず墓場までお持ちください」

さらに一段、平伏する。「お願いします」

土下座の高橋に降ってくる、クラッシャー宮垣の嫌味なだみ声。
「あーあー。雅峰(がほう)そりゃあいけないぞ。有馬さんにアノ事、言ってなかったのかー」

「ご相談をひかえてしまって、申し訳ありません!」と高橋は応じながら、はらわたが煮えくり返るのを抑えた。(ぺろっと言っちゃうあんたの感覚がどうかしてんだよ!)

さらに宮垣は、
「まぁーたしかにナ、四郎も打ち明ける人間は、選ぶわなぁー」と、ひとりうなずく。
チャンスをとらえて、有馬を叩きのめしてぎゃふんといわせておこうとする気まんまんだ。どうにもこうにも子供っぽい。(クラッシャーのクラッシャーたるゆえんは、ただの子供っぽさか!)と高橋は心中さとりを得ながらの土下座ポーズ。

このじじいのニヤニヤ笑いが、心底嫌いだ。決して、顔を上げてそのツラみるものか。
固めた姿勢から動けぬまま、高橋は強く思った。

(いつか、いつかこの嫌味なじじいに、ぎったんぎったんにやられることなく平然とかわしてみせる。
この子供っぽい下品なぶっ刺しにいちいち反応しないで、余裕でハンドリングしてみせる……くそ畜生っ!)
絨毯に額をつけたまま、雅峰高橋照美、涙をにじませ誓うのであった。

ぐっ、と絨毯の毛足を、むしらんばかりに握りこむ。だがさいわい絨毯の毛が太いので、ちぎれはしない。
(四郎だったら、カンタンにむしり取っちまうだろうな)
左こぶしをじっとみつめ、この場に関係のないことをかんがえて激情をしずめる。
親友嶺生(ねおい)四郎を預けたからと、宮垣への嫌悪を今は必死でかくす青年画家であった。

「なにその、 “峰の先祖がえり” って」と、おそるおそる、有馬は質問した。

高橋うつむいた顔のまま椅子になおり、沈んだ口調で四郎の秘密を話す。

「有馬先生。

四郎の家に四-五代ごとに出てくる、 “峰の先祖返り” と言われる人たちがおります。
有馬先生もご存じのとおり、峰は千八百年代までの四郎の家の苗字です。四郎も前回の先祖返りから数えて四代目。特徴からして、あきらかにその一人です。

あの家は、先祖がどうしようもないほどおおぜい女を殺して血をすすっています。自分たちが好んで殺す特定の条件の女を、先祖は ”エサ” というひどい呼び方で呼んでいます。

そのなかで、四-五代ごとの “峰の先祖がえり” は……
特に血が濃く、若いうちにシリアルキラー化してしまい、困り果てた身内が闇討ちで始末をすると言われていました。口伝だけだったところ、つい先日四郎と伝書を読んでて詳しい記録を見つけたんです。

先祖がえりがエサの女を襲い始めるのが、それぞれ数えのはたちや二十一。
ひどい者は十六人殺しをやって、身内の闇討ちにあっています」

高橋はそう語ると、口をつぐんだ。

「数えの……」有馬先生の顔色が変わった。「もう、もう今じゃないか、あの子十九歳だろ」

「なので急いで樫村社長を拝み倒して、宮垣先生をご紹介いただきました」

高橋は激情が跳ねるのを、なおも腹の底に沈めていく。(おとなげないオトナばっかりだ……譲(じょう)さん……くそっ)

高橋は(耐えたついでだ。実態は違うが、譲さんを持ち上げておこう)と決めて、話の順序を変えた。
実は樫村は、宮垣の単行本を出すチャンスを得るためにだけ、つまり自分の出版社のためにだけ、宮垣に土下座をしたのだが……

このさいだ。前後をとりかえて、美談にしておいてやる。
(譲さん。ひとつ貸しだ。恩に着やがれ)高橋はやっとひとつ、胸でニヤリと笑った。ああ、きつかった。

「四郎の家と檀那寺が同じ樫村社長に、僕が泣きついたんです。樫村社長は、四郎のことを ”樟濤館(しょうとうかん)のせがれ” と呼んで、四郎をいつも気にかけてくださいますので……なので思い切って相談したんです。
そうしたら樫村社長が、よくわかんないが必要なんだな、と宮垣先生に土下座までしてくださって。

それで宮垣先生に、三年ぶりに楷由社をゆるしていただけたと。そういう経緯が、……誰にもおっしゃらないでください、裏事情です。
そうやって宮垣先生のお仕事に絡めて、むりやり急に四郎を預けたんです。

有馬先生いろいろ黙ってて申し訳ありません。

伝書の読みが、『くずし字用例事典』でなんとなくイミを取れたのが、三年体制のご提案をした翌週で。僕もまっさおになって……

四郎に何も言っちゃだめだと口止めして、さほど事情をあかせない樫村社長にも、有馬先生に対して四郎のことをヒミツにするためには、僕が悪者になりますと申し上げ」

あんまり悪者扱いが続くのはイヤなので、高橋はギリギリ悩んだ一端を、このさい有馬に打ち明けておく。
宮垣と似た、おれがおれがの話ぶりではないかと、自分で嫌になる。高橋は口を閉じた。

「四郎がナ。会って二日目かなー、俺をこころから信頼して、うちあけてくれてナー」
宮垣は有馬に対する圧倒的優位性をみいだし、薄笑いでふんぞりかえって腕組みをした。
さらにあごが上がる。さらに目が細まって、ニタついた口元が開く。

「未成仏の先祖霊が、ぐっちゃぐちゃの塊で、これでもかというぐらい、体ン中に詰め込まれていてナ。

年長者から子への教育で入った記憶だけでは説明がつかない。脳神経と脊髄から、太陽神経叢、腰椎と骨盤内側に根元がロックされて、足の裏のアーチへの神経系の集約まで。
まあびっしりと、膨大な霊体群と神経繊維をからめてぎゅうぎゅう圧縮した状態で、白菜の漬物をムリにぎゅう詰めしたように、四郎に言わせるときたねえ漁網のからまったのみてぇに、赤ん坊の時から体に突っ込まれているんだ。

つまり ”峰の先祖返り” というやつが若いうちに連続殺人をやらかす食人鬼になっちまうのは、あふれ出た家系の毒出しをそそぎこむ、ごみ溜めみたいな使われかたで、高濃度の産業廃棄物のように生み落とされてしまうからなんだろうナ。
しかも、代を重ねるごとに過酷になるらしい。
ひどい話もあったもんだ。あんなケース、はじめてみた。

あそこまですさまじい脊髄反射を、よくも抑えてたもんだよ四郎のやつ。
かわいそうに」

「そ……んな……」有馬青峰、四郎の対人恐怖や人間ばなれした立ち回りのうしろにあるものを、はじめて知って言葉もない。



次の段:親友預けてなきゃブルドーザー借りてきて埋めるぞ!--成長小説・秋の月、風の夜(109)へ

前の段:そのハナシをぺろっとここで言っちゃう!ああもう。--成長小説・秋の月、風の夜(107)へ


マガジン:小説「秋の月、風の夜」0-99
マガジン:小説「秋の月、風の夜」100-
もくろみ・目次・登場人物紹介

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!