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そのハナシをぺろっとここで言っちゃう!ああもう。--成長小説・秋の月、風の夜(107)

舞台は変わり楷由社(かいゆうしゃ)。社長室よこ、重役会議室。
重厚すぎてひとごろしに使えそうなライターと灰皿の置いてある、あそこである。

その楷由社の重役会議室。例によって逃げ出した社長、樫村譲(じょう)のかわりに、仕切るは雅峰(がほう)・高橋照美。
さいぜんから高橋を間に、にらみ合う有馬青峰・宮垣耕造の両御大。

腕組みのまま微動だにせぬ宮垣にむかい、有馬がいっしんに、担当嶺生(ねおい)四郎を返してくれと言葉を尽くす。
いや言葉を尽くすというよりは、泣き言をつらねているというべきか。

宮垣耕造、目を半眼に、有馬青峰をひたと見すえる。
重々しく口を開いた。

「四郎は私がもらいますよ。さっきから聞いてりゃネチネチくどくど、おとなげない」

(おとなげない人におとなげないと言われる有馬先生も、かわいそうだな)表情ひとつ動かさず高橋は思う。

宮垣、なおも重々しく話を続ける。
「有馬さんは、もっと恬淡とした快男児だと思っていたがどうしちまった。国民的ベストセラーとおっしゃるが、あんがい有馬さんごのみの美人編集がつけば、スイスイ進むんじゃないのかね。私のほうは、家庭に一冊治療院に二冊、治療家養成機関には教科書といわれる宮垣耕造の治療本シリーズだ。今の仕事がおわったら、すぐ集大成四部作だ。いわば日本国民の健康と少子高齢化対策に王手をかける四部作、私のいのちだ。ひとつ国のためと思って、四郎をゆずっちゃあもらえませんかね」

重戦車のごとき宮垣。そのいいように抗し、有馬青峰なおもくいさがる。

「嫌だ嫌ですよ。こっちはもう、このまんまの体制で三年というハナシができてたんだもの!」

「聞けばその三年体制を提案したのも雅峰、撤回したのも雅峰じゃないか。有馬さんあんた、さしたる主体性もなくラクできる状況に乗っかっていってたにすぎなくないか」
クラッシャー宮垣にバチンとやられて、有馬青峰の目の色が変わった。というかキレた。

「あのね、若い人のアイデアをいれてあげたの。それのどこが主体性がないっての! どうもあなたの論調だと、私がワガママ言ってるようにしか聞こえないけれど。新担当に変わってすぐ担当がまた変わるなんて、おかしいでしょ!」

唾をとばして有馬青峰、必死に声をあげる。いつもより声がかんだかい。前のめりでまくしたてる。

「あのね、しょせん私のものすのは虚構ですよ。そして虚構ほどデリケートなものはないんだよ! 文兆社のモモイケが、有馬のユエン・ウーピンとまで称する、私の秘密兵器なんだから四郎君は。どんなに若い人だって君づけで節度と尊敬を持って接してたらば、いきなり横からかっさらって呼び捨てはいただけませんよ宮垣先生。四郎は私がもらうって何ですかそれ!? 犬っころでも娘婿でもないんだからさ四郎君は私の担当なんだからさ。宮垣先生! 宮垣先生の人生をかけたいのちの四部作ならね、大手三社から接待攻勢、飲ませてアレしてほぼどこぞに決まりってハナシはこっちまで聞こえてきてますよ? どうしてまた楷由社(かいゆうしゃ)ごとき……いや確約なさってた先をけっとばすの。なんで楷由社にケロっと戻ってくるの。三年前に大喧嘩して樫村にどなったくせに。出入り禁止だ、二度とそのツラ見せるなってどなったくせに。いけしゃあしゃあと三年ぶりに戻ってきて。こともあろうに、なんでよりにもよって私の担当かっさらっていくの宮垣先生ともあろうお人が」

「私の担当って有馬さん。私が楷由社以外で出す気がなくなったって鹿野と樫村に言ったのは、四郎がいるからだよ。私の編集ってふふん、けっこうなご執心だが、しょせんは片思いだ。ふっ、私と四郎は、とうに固い絆の師匠と弟子だ。毎日どんなことしてるか聞きたいか」

じりっ、じりっとハナシが変になっていく。高橋が両者の間に、分厚い手を広げた。
「だいぶ、抑えにおさえたご意見交換、ありがとうございました。お二方ともさすが国の宝。本格的なケンカになる前にご提案です」

「なんとかなるのか。むしろなんとかしろ」
「雅峰あのね、そもそもお前がムリ言わなきゃ……」

宮垣と有馬がどうじに食ってかかる。若き日本画家高橋雅峰、はきとした声で二人をとどめる。

「ムリは、あいつのために通させてください。有馬先生があいつをどんなにかわいく思ってくださっているか、存じ上げているからこそのお願いです」

「そうだよ四郎は、あのままほっといちゃいかん。雅峰の言うとおりだ」

高橋をいじめたがる宮垣も、今日は四郎を勝ち取るための援護射撃。クラッシャー宮垣の重厚な応援を得、高橋ふたたび口をひらく。

「四部作の刊行までのマンパワーと刊行後の宣伝については、樫村社長と宮垣先生の合議をお願いします。
まずはこれから三ヶ月の暫定案を言います。
月イチの有馬先生御前会議は、僕も含め三人でそのまま。初校と最終校正のみ四郎。宮垣先生の今回単行本と四部作は、執筆補助チームと編集校正チームを組んで、統括土田さん、サブ統括を四郎。四郎については、それ以外の仕事は一切なしで、宮垣先生、あいつをできるかぎり集中して、みてやってくださいませんか」

「かけもちか……しかも大事なトコ以外、四郎君はさわりっこなしか……そりゃ私が宮垣先生に編集かっさらわれたというより、ケンカ両成敗というか、どっちにもメリットがほぼないというか」有馬はしらけた顔をした。

「四郎がどっぷり入ってくれるからこその楷由社(かいゆうしゃ)刊行なんだがね」ものすごい弁護をした甲斐がない、とばかりにムスっとした顔で、宮垣は高橋をにらむ。「その程度ならもう一度、どこから出すか考え直すぞ」

高橋ひるまず、まなじりを決して宮垣と有馬にかさねて語る。
「三ヶ月暫定と申し上げたのは、宮垣先生が四郎をいつまでにどこまで、なんとかしてくださるかによります。
一ヶ月や二ヶ月でどうにかなるもんじゃない。でも三ヶ月めには、なんとかなるかもしれない。
四郎のいのちがなんとかなったら、いくらでもどのようにでも、仕事の組みなおしが可能になるんです」

「雅峰そうは言うがナ。ありゃあ、いったん死んじまうぐらいのコトして三ヶ月、オンナを殺さず抱けるようになるには半年か一年、目の奥の悪魔みたいなやつらを削いでくにはどうすりゃーいいか皆目わからねえ。おれだって考えに窮する、ひでぇ状態だぞ」

ああやっぱり、およその見積もりは合っていた……そしてぺろっとここで言っちゃう……高橋は「ええーっとぉー」と言って会議机からよそをむき、頭をかかえてうずくまった。



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もくろみ・目次・登場人物紹介

「最大値の2割」ぐらいで構わないから、ご機嫌でいたい。いろいろあって、いろいろ重なって、とてもご機嫌でいられない時の「逃げ場」であってほしい。そういう書き物を書けたら幸せです。ありがとう!